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2016年5月23日 (月)

人に物事を教えること

 「人に物を教えることは、相手にとって不遜になる恐れもある」と私は考えていますが、これは自戒を込めて。ほんとうは「不遜」を「危険」と書きたいくらいなものなのです。
 
 先日、私の「文化講演会」なるものがありました。語ったのはもちろん、藍染についてです。
 終了後、さる方が私に話しかけてきて、「長く藍染に関わり合って、初めて知ることばかりでした」とおっしゃった。そして「私の30年は、何だったのかしら」と。著名な方です。
 
 十何年も前のこと。藍染の作家に藍染を説明したら、全く同じことをおっしゃった。それも、ぽろぽろと涙を流しながら。
 それ以来、藍染のことについて語る内容を、少し控えめにしていました。誤解を教える人がいて、それを信じる人がいて、私がそれを否定するようなことを言って、その人の人生までも否定していいのだろうかと、そう考えてきたわけです。
 
 そんな私が、講習会を開くようになり、「教える」ということを始めました。それについては私なりの修行も必要だった。その上で、講習会があるわけです。そしてまた、藍染の作家と同じことをおっしゃる方が出てきた。
 
 なぜ始めたかと云えば、世の中に藍染についてあまりにも誤解が多いこと。そして、本建て、本染めの世界が、具体的に滅びに向かっているからです。「不遜だ」などと呑気に構えてていられない時代になった。

 
 お年寄りの女性が藍染について書いている本を読んでみました。高名な先生だそうですが、私は存じ上げなかった。この本が、日本でかなりの影響力があると読んでみて分かります。本当の藍染をしていると思いこんでいる人たちが、この本の通りにやっているからです。
 しかし、職人の私の目から見ると、すべてが間違っていると言っても過言ではありません。この方は誤解を伝えていて、それが日本中で影響を与えている。
 
 教えることの恐ろしさが、この本に現れています。 
 講習会に絵本を持ってきた人がいました。いちいち指摘して修正をしましたが、これもまた同じ。
 
  
 
 何故人はこういうものに影響されるかと考えてみましたが、たぶん、答えが書いてあるからだろうと思います。
 
 本建てと本染めは、思い悩むことばかり。そこには「答え」などないと、以前、このページに書きました。しかし、人は答えを求める。そして、先生と呼ばれる人たちは、答えを示す。その答えが、本来の藍建てや藍染にとって誤解であってもです。
 
 
 
 日本の藍染の世界はそんな事ばかりですが、講習会の修了生たちに、最後にこう語りました。
 「ここで覚えたこと、習ったこと、体験したことを、軽々に人に教えてはなりません。それは、自分というフィルターを通したものであって、経験して実感したことではないからです。自分自身で藍建てをし、藍染をし、思い悩み、考え、様々に経験して、その上で人に語るようにしてください」と。
 
 自分という小さな存在が、藍染という人類の長い歴史を持つものに出合い、それを伝えるということは、その歴史と伝統を背負うという覚悟がいる。そして、人に物事を伝えるということには、その人の人生が掛かっているかもしれないという覚悟位は、教え伝える人には必要だろうと私は思います。


 
 「私の30年は、何だったのかしら」とおっしゃった方には、「いつでも工房にお越しください」とお応えしましたが、以前は伝えることが私には出来なかった。それが、今の私と以前の私との違いではあります。
 
Img_0345_2
(写真は昨年、私の教える修行に付き合ってくれた大阪の若者。二週間工房に居ました。そして今年の4月、無事に藍建てが出来るようになった)

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