家族の死
検査入院から生還。検査にしろ、入院はしないほうが良いなと、二度目の入院で感じました。
今回は、東京にいる子供たちに世話になりました。
持つべきものは家族だとしみじみ思うけれど、いっしょに病院の外の景色を見て、このビル群の中にたくさんの人が住んでいるんだと、しみじみと語り合った。
その沢山の人の一人一人が重要な人で、それぞれに人生を歩んでいるんだなと。
帰りのバスでふとニュースを確認すると、歌舞伎役者の奥様が亡くなったとのこと。
家についてテレビをつけると、記者会見がありました。
印象に残っているのは、「本来ならこういう場を設けるものとは思いませんが」という歌舞伎役者のことば。
人の死、それも家族の死とは極々個人的なもののはず。それも、夕べの今日で、他人に話すこともあろうはずがない。それは、家族として夫として親として個人的なことだからでしょうから。
それは、沢山の人がみんな重要な人だということ。
マスコミも人も悲しんでいる風を装いますが、家族の悲しみとは次元が違いすぎるのは自明のこと。
私はこの歌舞伎役者をよく知りませんが、節度を保った立派な記者会見だったと思います。
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