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2017年12月

2017年12月29日 (金)

藍染と石灰

 藍の染め液に石灰を入れる人がいますが、良いことは何もありません。
 
 第一に、石灰は水に溶けません。ですから、石膏分が染め液の中に堆積し、“すくも”(藍草の葉から作った藍染の原料)から藍の色が溶け出すのを邪魔をします。そして、染め液の寿命が短くなり、色も美しさを失う。
 
 第二に、危険だということ。石灰に素手を入れれば、肌が溶ける。目に入れば失明の恐れがある。取扱いには注意が必要です。

          【暮らしの危険 消石灰による目の事故(国民生活センター)
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 醗酵の専門家による「藍染を科学する」という講演会に行き、終了後、講演者の先生と聴衆の藍染をなさる方々20名くらいと親しくお話をしたことがあります。
 
 先生が、「皆さん、石灰を使いますか?」とお聞きになった。私と家内を除き、全員が手を挙げた。次に「何故石灰を使うのですか?pH調整ですか?」と。やはり、私たち以外全員がうなずいた。
 そしてその先生は、「石灰はいけません。水に溶けません」と、私と同じことをおっしゃり、「pH調整なら苛性ソーダの方が優れています。水に溶けますから」と、自らの藍染を「天然」と称している方々には、空恐ろしいことをおっしゃった。
 
 つまり、化学的には、石灰は苛性ソーダよりも藍染には良くないのです。
 
 私は「苛性ソーダもダメ。そもそもpH調整が藍染には関係ない」と心で思っていましたが、相手は化学者だし、議論になって面倒なので黙っていました。しかし、聴いている皆さんには、ショックなことだったようです。
 
 私のところに来る方々は、石灰の使用に引っかかっている人がたくさんいます。「天然だ、肌に良いというけれど、石灰を使ってなぜそんなことが言えるのだろうか」と。
 私には、正しい感性だと思われます(私も石灰を使っていました。二十年以上も前のことです。だからこそ、分かるわけです)。

(続きはこちら)

            【多摩川】河川敷における怪我の発生原因について
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<【怪我の発生原因】
 ・舗装工事で使用する材料を取り違えたため、舗装に含まれる石灰の量が過大となっていた。その石灰が降雨時に溶け出して、強アルカリ性の水溜まりとなり、靴から浸みこんで化学やけどを発症した。
※「化学やけど」とは酸やアルカリといった刺激が強い化学物質が皮膚に接触することで起こる障害。>

2017年12月28日 (木)

森と海と灰

 私は、「灰汁」について様々に書いてきました。藍建て(染め液を作ること)の主役は藍(すくも)と灰汁。染め液の維持管理の主役も灰汁。染め液に入る液体は、全て灰汁です。
 灰汁の大元は木ですから、灰汁を扱うようになると、木の生えている山々が宝物に見えてきます。

Makiwari3  木を伐り、薪を割り、燃やし、灰にして藍の染め液を作る。この手間が、日本の森と海を豊かにします。
 
 日本人はいつから灰を扱って来たかと考えると、縄文の昔から。遺跡を見ると、山の民は、栗やどんぐりや栃など、実のなる木々を植林して定住していた。つまり日本人は、採取で定住化できた。
 
 例えば栃の実やドングリは、アクを取らなければ食べられません。だから土器を発明し、灰汁を使って木の実を煮炊きして灰汁抜きをし、食べていた。使う灰はもちろん、広葉樹でなければなりません。その文化は、16,500年前に遡ります。
 
 海の民は、豊かな海で貝や魚を取って定住していた。それは、貝塚に明らかです。
 
 このように、山も海も豊かだったのが縄文時代からの日本です。
 
 何故日本は、豊かな自然に恵まれたのか。それは、日本列島が出来た時に、日本海に暖流が流れ込み、日本列島に広葉樹林帯が広がったことに由来します。
 山形県の酒田沖にある飛島では、暖かい所に住むトビウオが取れるし、日本海側ではトビウオを原料とする飛魚出汁(あごだし)が今でも使われているのはそのためです。
 
 広葉樹は葉を落とす。
 落ちた葉は醗酵して腐葉土となる。
 腐葉土に住む微生物が鉄分を水溶性に変え、川に流す。
 鉄分は海に流れ込み、海藻を育む。
 海藻は海の森となってプランクトンを育て、それを食べに小魚が生まれ、それを食べに中型の魚が集まり、大型の魚も集まる。貝も繁殖し、豊かな海が形成された。
 
 山の民は森の恵を海の民に、海の民は海の恵を山の民に分けるという交流が生まれ、そこに日本語という言葉が醸成され、争いごとの無い日本となった。これもまた、豊かさの現れ。
 
 このように、山に育つ木々が豊かな海を形成するから、海の民は山に木を植え森を育て(漁業林)、海の神も山に祭った。
 
 こういう物語は、木を使い、灰を使う文化が気づかせてくれます。だから日本人は森を大切にしてきた。
 
 今の日本人は、木も灰も使うことが無い。藍染めも草木染も、灰汁を使わない。だから、森を大切にすることもなく、日本の山が荒れています。
 豊かな山が無くなっているから、豊かな海もない。だから海が焼けてきている。
 
 藍染めを本建にすること、本染めすることは、こういう、日本の根本的な成り立ちや、豊かさや、平和に気づかせてくれます。森の豊かさが、海の豊かさをはぐくむ事を。だから、藍染めをするなら、本建て、本染めでなければならない。そう、私は考えます。 
 
*科学も、醗酵の微生物が鉄を水溶性にして海を豊かにすることに気づいています。製鉄会社が海を豊かにする活動を始めました。<鉄を利用した海の森づくり>

2017年12月25日 (月)

徳島に伝わる藍建て

 藍を水溶性に変えて、染め液を作る事を「建てる」と云いますが、人それぞれ様々に方法があると思います。
 
 「日本の染と織」という三越伊勢丹が発行しているDVDがあります。
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 その中に「阿波の藍」がある。

 昭和30年~40年代初めの、徳島県のすくも作りと藍染についての記録です。藍草の栽培から刈り取りから藍ごなしからすくも作りから藍玉作りまで、大変勉強になった(このDVDが発売された時、出展していた伊勢丹新宿店で見せていただきました)。
 
 最後に、当時徳島で行われていた藍建ての場面が出てきます。
 
 先ずは、すくもを大きな鉄釜に入れて煮ます。これでは微生物が死んじゃうのではないかと、一緒に見た久留米絣の国指定重要無形文化財と話しをしました。私も彼も、長い間藍と向かい合って生きてきたけれど、すくもを煮るとは考えもしませんでした。その後、煮たすくもを水を入れた藍甕に入れて染液をつくっています。
 
 この映画を作ったのは伊勢丹というしっかりした組織ですし、監修は大学の先生がなさっていますから、ウソがあるとは思えませんし、当時の藍建てを正確に記録した物でしょう。
 
 手元に、昭和52年発行の「正藍染」(泰流社刊)という本があります。

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 当時、日本で行われていた藍建ての方法が書いてあります。

 「すくもの溶解」(すくもを藍甕に入れる前段階の処理の事)という段があり、そこに、徳島県の藍建て方法が出て来ます。
 
 「(前略)たとえば、徳島県の例では鉄製のすくも溶解釜を用い、水と苛性ソーダを加えてすくもを煮て、すくもの粒状を溶解させ、泥状のものにします。徳島県工業試験場技師・米川孝宏氏の報告によると、その釜の容量は二百リットルで、水を百リットル、すくも1.5俵(約八十五キロ)、苛性ソーダ1.5キロを入れ、攪拌しながら九十度以上で約一時間煮る、ということです」(p165)。
 
 次に「すくもの仕込み」です。
 
 「徳島県で行われている方法によると、あらかじめ藍甕(一石五斗=約二百七十リットル入りのもの)に苛性ソーダを入れておきます。そこに水を半分くらいまで入れ、泥状に溶解したすくもを四個の藍甕に等分に仕込み、これをもう一度行うということです。つまり一度目に一.五俵(約八十五キロ)のすくもを溶解させ、藍甕に入れているので、結局、一個の藍甕には四十三キロのすくもを入れることになります」(p165~p166)。
 
 なるほど、私が伊勢丹のDVDで見たとおりのことが書いてありました。これが徳島県に伝わる藍建てです。
 
 その他の藍建て方法として、郡上八幡の染師渡辺庄吉さんの方法も書いてありましたが、これは、私達の建て方と基本的に同じで、昔から「本建て」をなさっていたことが良く分かります。こういう方の存在は、ありがたいことです(最近徳島県で、渡辺さんの弟子と称する人が出てきたのには笑いました)。
 
 もう一つは、すくもを甕に入れた後、苛性ソーダを加え、熱湯を入れながら棒で搗くという方法も書いてありましたが、これは想像の内でした。
 
 因みに私は、すくもと木灰の灰汁だけで建てております。「練り」が肝心なのですが、先に書いた無形文化財も同じ事をやっています。伝統工芸は、基本は変わりません。
  
 渡辺さんは、湿らせたすくもを臼で粘りが出るまで搗き、さらに手で良く揉むのだそうですが、すばらしいやり方だと思います。私の場合、甕が大きいので、この作業は向きません。

2017年12月24日 (日)

精練

 藍染めに限らず、染め仕事の第一は精練です。それは神代の昔からで、延喜式にも書いてある位なものです。

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 紺邑ではステンレスの寸胴を使っていますが、私の知る本染めの職人は、昔から伝わる鉄釜を使っているといいます。うらやましい限り。その釜で灰汁を使い、ものよっては三度精練するといいます。

 我が家でも灰汁を使いますが、灰汁が無いときは重曹を使って写真のようにしつこく煮ます。

 使う薪は、杉の木です。

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 丸太が山のようにありますが、薪割りする時間と体力がありません。手前にある薪は、横浜からわざわざ来ていただいて割ってもらったもの。大切に使っています。

 杉を燃やした灰は、藍染めには使えません。灰汁が無いからですが、燃やしても、大した量の灰も出ません。しかし、精練や染めに使う灰づくりには使えます。それぞれに役割があるというものだし、杉の木は、燃やすのが一番山をきれいにします。

 この辺りは冬になると風が吹きますので、灰づくりには向きません。春になり、灰が手に入り難くなった時に灰づくりをします。

 ですからこの杉の木達は、これから薪割りをしても間に合うのです。年明けのお仕事。

2017年12月23日 (土)

藍染の色落ち、色移り 酸化のさせ方について

 本染めの藍染めは、全ての染色堅牢度が極めて高い。ですから、色落ちも色移りも全く心配いりません。これが基本。 
 ところが現在、ほとんどの藍染めは、色落ちがして色移りもする。「藍染めのバッグをもっていたら、白いパンツに擦れて青くなった」なんて話も聞くくらいです。
 
 私の弟子に、デニムのデザイナーがいます。デザインをして自分で仕立てているプロです。彼がデニムの生地を本染めして、正藍染のデニムのパンツを作った。
 
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 その生地を作る人も販売する人もその道のプロですが、彼の作った正藍染のパンツは色落ちしないことに、まずは皆さん驚いているらしい(もう一つは、生地が頑丈になること。ミシンの針の入り具合が違います)。色が落ちないのですから色移りもないわけで、これがデニムの世界では驚異的で、私の所に問い合わせが来るようになって、新しい藍染の展開が、その世界で始まろうとしています。
 
 さて、本染めでも色落ちすることはある。しかし、色移りはしません。水洗いして真っ青な水になったとしても、白いものと一緒に洗っても白いものは白いままです。何故?色移りしないからです。
 では、彼の染めたデニムの生地は、色落ちしない。なぜか?それは、染め方が丁寧だからです。染めと洗いと酸化に手間を掛けること。そうすると、色落ちも色移りもない藍染になる。
 
 藍染は、染物を染め液に付けて、外に出して酸化させるだけでは良い藍染、強くて美しい藍染にはなりません。下染めをしっかりして染める度によく洗い、天日干しをして酸化させ、また洗って染めるという手間が必要です。良いでしょうか?必ず、天日干しです。藍染めを陰干しするなんざ、藍染めへの冒涜です(笑)
 
Airon1                   濃い目に染めた手ぬぐい
Airon2  霧を吹いてアイロン掛けしても、下に敷いた白い布は白のまま。色移りはしません。
 

2017年12月18日 (月)

藍甕の手入れの基本

 藍の染め液の手入れの基本は、藍建てと同じく、灰汁です。

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 大物を染めたので、染め液の嵩が減った200リットルの甕です。息子が、「灰汁以外に何か入れる?」と聞いてきたので、「灰汁だけだ」と答えておきました。染め液の様子を見ると、貝灰もふすまも必要ないと思ったからです。
 染め液が減ったのを幸いに、その分、新鮮な灰汁を足します。実は、その為に、嵩が減るように染めて行くのです。

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 一番灰汁をストーブでほぼ沸騰するまで温めます(寒いからです)。

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 外は寒く、風が強かったので灰づくりが難しく、部屋の中で灰汁取をしました。
 2キログラムの灰に約20リットルのお湯です。

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 熱い灰汁を入れて嵩上げして優しく攪拌して終了。これでよく染まるようになりました。

 このように、染め液の手入れの基本は灰汁です。灰汁は建てる時だけに使うわけではありません。

2017年12月13日 (水)

手入れした大甕の染め

 手入れした後の大甕で、初めて染物をしてみました(私じゃありませんが)。150㎝×200㎝の大きなタオルケットです。

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 ストーブ側が2回染めたもの。その右側が1回。

 随分色合いが違いますが、たぶん、付ける時間と付け方の違いがあるように思います。この辺りが藍染めの面白いところですが、十分に色が出ていることはお分かりいただけると思います。

 しつこいようですが、昨年の12月に建てた染め液ですから。

2017年12月10日 (日)

大甕の手入れ

 紺邑には、容量が1000リットルを超える大きな甕が4本あります。現在、実働は1本。それも、昨年の12月頭に建てたもので、もう13ヶ月経っています。
 もう一本建てたいのですが、木灰が足りません。つまり、灰汁が取れない(どれくらいの量の灰を使うか、純粋に灰汁で藍を建て、手入れをしている人にはお分かりだと思います)。

 その大甕の手入れをいたしました。今の私としては、決死的な力仕事です。

 前日、色目を見ると、染め液の表面にはまったく色がありません(この「表面」というのが難しいところ。ひょっとすると、深い所には藍がいるかもしれませんから)。

 ちょっと前に、一番灰汁と二番灰汁を足しておきました(これが肝心要)。

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 手入れした藍甕の今朝の様子です。

 染め液に餌(灰汁、貝灰、ふすまなど)を適量与え、それを“すくも”に食わせるために攪拌、つまり、混ぜたわけですが、いわゆる「藍の華」はありません。巷間よく目にする「藍の華」が現れるような攪拌の仕方は、微生物のためによくありません。

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 一日経った今朝の色目。

 左側が手入れ前。右側が手入れ後。まだ一日ですから、これから日が経つに連れて色目は良くなることでしょう。13ヶ月間、いろんな人に酷使された藍甕として、実に立派に色が出ています。

 これが醗酵の藍。醗酵の不思議。醗酵の力。

 これから、幅150㎝、丈200㎝のタオルケットをはじめ、沢山の広幅を染めます。がんばれ、大甕!

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