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2017年12月25日 (月)

徳島に伝わる藍建て

 藍を水溶性に変えて、染め液を作る事を「建てる」と云いますが、人それぞれ様々に方法があると思います。
 
 「日本の染と織」という三越伊勢丹が発行しているDVDがあります。
M0000000162   
 その中に「阿波の藍」がある。

 昭和30年~40年代初めの、徳島県のすくも作りと藍染についての記録です。藍草の栽培から刈り取りから藍ごなしからすくも作りから藍玉作りまで、大変勉強になった(このDVDが発売された時、出展していた伊勢丹新宿店で見せていただきました)。
 
 最後に、当時徳島で行われていた藍建ての場面が出てきます。
 
 先ずは、すくもを大きな鉄釜に入れて煮ます。これでは微生物が死んじゃうのではないかと、一緒に見た久留米絣の国指定重要無形文化財と話しをしました。私も彼も、長い間藍と向かい合って生きてきたけれど、すくもを煮るとは考えもしませんでした。その後、煮たすくもを水を入れた藍甕に入れて染液をつくっています。
 
 この映画を作ったのは伊勢丹というしっかりした組織ですし、監修は大学の先生がなさっていますから、ウソがあるとは思えませんし、当時の藍建てを正確に記録した物でしょう。
 
 手元に、昭和52年発行の「正藍染」(泰流社刊)という本があります。

Photo  
 当時、日本で行われていた藍建ての方法が書いてあります。

 「すくもの溶解」(すくもを藍甕に入れる前段階の処理の事)という段があり、そこに、徳島県の藍建て方法が出て来ます。
 
 「(前略)たとえば、徳島県の例では鉄製のすくも溶解釜を用い、水と苛性ソーダを加えてすくもを煮て、すくもの粒状を溶解させ、泥状のものにします。徳島県工業試験場技師・米川孝宏氏の報告によると、その釜の容量は二百リットルで、水を百リットル、すくも1.5俵(約八十五キロ)、苛性ソーダ1.5キロを入れ、攪拌しながら九十度以上で約一時間煮る、ということです」(p165)。
 
 次に「すくもの仕込み」です。
 
 「徳島県で行われている方法によると、あらかじめ藍甕(一石五斗=約二百七十リットル入りのもの)に苛性ソーダを入れておきます。そこに水を半分くらいまで入れ、泥状に溶解したすくもを四個の藍甕に等分に仕込み、これをもう一度行うということです。つまり一度目に一.五俵(約八十五キロ)のすくもを溶解させ、藍甕に入れているので、結局、一個の藍甕には四十三キロのすくもを入れることになります」(p165~p166)。
 
 なるほど、私が伊勢丹のDVDで見たとおりのことが書いてありました。これが徳島県に伝わる藍建てです。
 
 その他の藍建て方法として、郡上八幡の染師渡辺庄吉さんの方法も書いてありましたが、これは、私達の建て方と基本的に同じで、昔から「本建て」をなさっていたことが良く分かります。こういう方の存在は、ありがたいことです(最近徳島県で、渡辺さんの弟子と称する人が出てきたのには笑いました)。
 
 もう一つは、すくもを甕に入れた後、苛性ソーダを加え、熱湯を入れながら棒で搗くという方法も書いてありましたが、これは想像の内でした。
 
 因みに私は、すくもと木灰の灰汁だけで建てております。先に書いた無形文化財も同じ事をやっています。伝統工芸は、基本は変わりません。
  
 渡辺さんは、湿らせたすくもを臼で粘りが出るまで搗き、さらに手で良く揉むのだそうですが、すばらしいやり方だと思います。私の場合、甕が大きいので、この作業は向きません。

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コメント

暫く徳島で修業していたものですが、徳島で苛性ソーダを使われている方は居ませんでしたよ
徳島に恨みがあるのかどうか知りませんが印象操作されるのもいい加減にされてはどうですか?みっともないですよ。

太郎さん
コメントありがとうございます。

>暫く徳島で修業していたものですが、徳島で苛性ソーダを使われている方は居ませんでしたよ

私は資料をお示しして書いているわけで、憶測や推測で書いているわけではありません。
私の経験や意見を書いているわけでもありません。つまり、資料を紹介して客観的に書いているだけ。
もちろん、徳島の藍染をしている工房のほとんどを回ってもいますが、そのお話しはここでは書いておりません。

因みに太郎さんは、私が紹介した動画と本はご覧になりましたか?

>徳島に恨みがあるのかどうか知りませんが印象操作されるのもいい加減にされてはどうですか?みっともないですよ。

「印象操作」などと書いていますので、責任をもってお答えください。
お待ちしています。

徳島で修行をしたという人を具体的に存じ上げていますが、あの方、どうしているでしょうねえ。
その内、お相手させていただくと云ったら、私をブロックしましたが(笑)
その人の工房に行って藍染めなさった方々も、「違うな!」と気づき始めている様子。
喜ばしいことです。

太郎さん
あなたのkouna@yahoo.co.jpというメルアドに様々な方法でメールしましたが、全て
Sorry, we were unable to deliver your message to the following address.
と返ってきてしまいます。
「太郎」というのも捨てハンでしょうか!?
もしそうなら

>暫く徳島で修業していたものですが、

なぜ堂々と本名でコメントなさらないのでしょう。
徳島の恥をさらしていることになりはしませんか。

先日、徳島からいらした染め師たちは、非常に素直に私の話を聞いて行かれた。「衝撃でした」という印象だったようですが。
「みっともないですよ」とおっしゃるあなたが、みっともない。

もうしばらく、返事を待ちましょう。
過ちては改むるに憚ること勿れですから、間違いがあれば訂正も致しますよ。

>太郎さん

お待ちしましたが返事がありません。
こちらからメールを送っても、届きません。
あなたは

>暫く徳島で修業していたものですが

と自己紹介なさった。
そして、私の書いたものに対して

>徳島に恨みがあるのかどうか知りませんが印象操作されるのもいい加減にされてはどうですか?みっともないですよ。

こうお書きにもなった。

人を「みっともない」と云い、「徳島で修行をした」と自己紹介なさっている。
あなた、徳島で修行した人として、みっともないですよ。
この意味、お分かりか?
書いていることが支離滅裂なだけでなく、自分を隠して書いているからです。
堂々としていない。みっともない。

さて、太郎と云えば、ばんどう太郎の利根川。次郎は筑紫二郎で筑後川、三郎は四国三郎の吉野川。
そういえば「ばんどう」という徳島で修行をしたという人が、私に随分藍について質問をしてきたものでした。そのメールは全部保存してあります。

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