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2017年12月28日 (木)

森と海と灰

 私は、「灰汁」について様々に書いてきました。藍建て(染め液を作ること)の主役は藍(すくも)と灰汁。染め液の維持管理の主役も灰汁。染め液に入る液体は、全て灰汁です。
  
 灰汁の大元は木ですから、灰汁を扱うようになると、木の生えている山々が宝物に見えてきます。

Makiwari3木を伐り、薪を割り、燃やし、灰にして藍の染め液を作る。
この手間が、日本の森と海を豊かにします。
 
 日本人はいつから灰を扱って来たかと考えると、縄文の昔から。遺跡を見ると、山の民は、栗やどんぐりや栃など、実のなる木々を植林して定住していた。つまり日本人は、採取で定住化できた。
 
 例えば栃の実やドングリは、アクを取らなければ食べられません。だから土器を発明し、灰汁を使って木の実を煮炊きして灰汁抜きをし、食べていた。使う灰はもちろん、広葉樹でなければなりません。その文化は、16,500年前に遡ります。
 
 海の民は、豊かな海で貝や魚を取って定住していた。それは、貝塚に明らかです。
 
 このように、山も海も豊かだったのが縄文時代からの日本です。
 
 何故日本は、豊かな自然に恵まれたのか。それは、日本列島が出来た時に、日本海に暖流が流れ込み、日本列島に広葉樹林帯が広がったことに由来します。
 
 山形県の酒田沖にある飛島では、暖かい所に住むトビウオが取れるし、日本海側ではトビウオを原料とする飛魚出汁(あごだし)が今でも使われているのはそのためです。
 
 広葉樹は葉を落とす。
 
 落ちた葉は醗酵して腐葉土となる。
 
 腐葉土に住む微生物が鉄分を水溶性に変え、川に流す。
 
 鉄分は海に流れ込み、海藻を育む。
 
 海藻は海の森となってプランクトンを育て、それを食べに小魚が生まれ、それを食べに中型の魚が集まり、大型の魚も集まる。貝も繁殖し、豊かな海が形成された。
  
 山の民は森の恵を海の民に、海の民は海の恵を山の民に分けるという交流が生まれ、そこに日本語という言葉が醸成され、争いごとの無い日本となった。これもまた、豊かさの現れ。
 
 このように、山に育つ木々が豊かな海を形成するから、海の民は山に木を植え森を育て(漁業林)、海の神も山に祭った。
 
 こういう物語は、木を使い、灰を使う文化が気づかせてくれます。だから日本人は森を大切にしてきた。
 
 今の日本人は、木も灰も使うことが無い。藍染めも草木染も、灰汁を使わない。だから、森を大切にすることもなく、日本の山が荒れています。  
 
 豊かな山が無くなっているから、豊かな海もない。だから海が焼けてきている。
 
 藍染めを本建にすること、本染めすることは、こういう、日本の根本的な成り立ちや、豊かさや、平和に気づかせてくれます。森の豊かさが、海の豊かさをはぐくむ事を。だから、藍染めをするなら、本建て、本染めでなければならない。そう、私は考えます。 
  
*科学も、醗酵の微生物が鉄を水溶性にして海を豊かにすることに気づいています。製鉄会社が海を豊かにする活動を始めました。<鉄を利用した海の森づくり>

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