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2018年4月 3日 (火)

ジャパンブルーとは

 今や猫も杓子も、藍染めをジャパンブルーと呼ぶようですが、この言葉は、サッカー日本代表のユニフォームをそう呼ぶようになったからで、最近のことです。

 実にジャーナリスティックな言葉だったわけですが、藍染めの関係者が調べてみたら、その昔、藍染めをそう呼んだ外国人がいたと云うことで、藍染めの世界で急に広まり出した言葉です(私は知らなかったくらいなものです)。

 「ジャパンブルー」という言葉は、イギリスの化学者ロバート・ウィリアム・アトキンソンという人が、日本の藍染めの青を「藍の説」でそう表現したのだと、色々なところに書いてありますが、その文献を示す物は何もないようですし、私は全く知りません。しかし、皆さんがそういうんですから、そうなのでしょう(アトキンソンは「ジャパニーズブルー」と言ったのだが、某テレビ局が「ジャパンブルー」と間違って伝えてしまったという説もあります)。

 1890(明治23)年、折しも日本の藍染めの最盛期で最後の頃に来日したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の「東洋の第一日目」という随筆に、日本の青のことが書かれています。
 
 それは、人力車で横浜の外人居留地から町へ一歩踏み込んだときのお話しです。

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 《まるでなにもかも、小さな妖精の国のようだ。人も物もみんな小さく、風変わりで神秘的である。青い屋根の小さな家屋、青いのれんのかかった小さな店舗、その前で青い着物姿の小柄な売り子が微笑んでいる。》

 《見渡す限り幟が翻り、濃紺ののれんがゆれてる。》

 《着物の多数を占める農紺色は、のれんにも同じように幅を利かせている。もちろん、明るい青、白、赤といった他の色もちらほら見かけるが、緑や黄色のものはない。》

 《従業員の背中に(その法被を着た人が、どこの店や組に属しているかを示すために)紺地に白く、かなり遠くからでも簡単に読み取れるほど大きく文字が書かれていると、安物のぱっとしない衣装も、いっきに人の手が加わった輝きが添えられるのだ。》

 それらを《名画のような町並みの美しさ》とラフカディオ・ハーンは書くわけです。(新編「日本の面影」 ラフカディオ・ハーン 池田雅之訳 角川ソフィア文庫)

 つまり、町並みもそこに含まれる人も物も、それを飾る青の色もみんな美しいのです。

 それからわずか何年か後、日本に人造藍が輸入され、日本の藍染めは、染も物も滅びに向かいます。日本人が藍染めを着なくなり、青の国ではなくなりました。当時の日本人が、人造藍や化学的な藍染めを、色が黒くて臭くて落ちるといって、今までの藍染めと全く違う物だと感じて使わなくなったからです。

 柳宗悦はそう書いて「明治の日本人は、本物を知っていた」とも述べています。(手仕事の日本)

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 さて、今の藍染めの青色(ブルー)はどうでしょうか。ラフカディオ・ハーンが云うところの「美しい青」でしょうか。人造藍もなく、全て本物しかなかった頃に来日したアトキンソンの見た、ジャパンブルーの青色でしょうか。

 それとも、柳宗悦の云う本物を知っていた日本人が拒否した《色が黒くて臭くて落ちる》青色でしょうか。

 私は初めに、「猫も杓子も、藍染めをジャパンブルーと呼ぶようですが」と書きましたが、是非とも、ジャパンブルーと言うときには、その辺を良くお考えいただきたいと思います。

 現状でさえ、日本の本来の藍染めは、滅びに向かっているのですから。

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