徳島県の藍建てと藍染
「父が百貨店で藍染を実演しながら紹介しだした35年ほど前、日本人のほとんどが藍染めを知りませんでした」と、10年くらい前、高松三越に出展していたとき、40代とおぼしき男性にそう申し上げると、気色ばって「それは都会の話しでしょう。地方には藍染があったはずです」と、反論されました。
そういえば香川県は徳島県のお隣ですから、藍染があったと思われるのかもしれませんが、事実なのですから仕方ありません。徳島県のすくもの生産量の話などをしますと、御納得いただけたようです。
(調査:阿波藍生産振興協会)
20年以上も前、徳島市の百貨店で藍染を展示販売したことがあります。驚いたことに、お客様のほとんどが藍染を知らなかった。藍師の一人は、「藍畑で仕事をしていると、子どもたちが『おじさんなにやってるの?』と聞くから、『藍を育てているんだよ』と答えると、『へえ、藍っていうんだ』と、誰も藍を知らない」と嘆いていらっしゃいました。そんな程度でした。
戦後、徳島県には藍染が無かったと、栃木県繊維工業試験場の小此木照明技師が語っています。
群馬県と栃木県は、日本一の繊維の産地でした。桐生市にある群馬大学工学部に染色科などの繊維関係の学科があったのはその為です。ですから、お隣の栃木県では、西の端の足利市に、栃木県繊維工業試験場がありました。
終戦直後、群馬大学工学部を卒業し、試験場に入った小此木照明技師は、場長に「徳島に行って藍染を調べて来るように」といわれて派遣されました。栃木県小山市の結城紬の保存の為です。しかし、徳島県内を調べても調べても藍染はなく、藍建ての方法もわからなかった。疲れ果てて関東に帰って来て、藍染めにようやく出うことが出来た。藍染は、地元の関東に残ってたのです(ちなみに小此木さんを徳島に派遣した場長は、私の祖父大川英三です)。
そんな徳島県ですが、実は映像と書物に、戦後の徳島の藍建ての記録が残されています。
映像は、1961~69年ごろの日本の染め織りの技術を記録した伊勢丹・三越で販売されている「日本の染と織り」DVD。


双方に、全く同じ方法が紹介されています。
●蒅の溶解

本は、昭和52年(1977)に発行された泰流社の「正藍染」です。

双方に、全く同じ方法が紹介されています。
●蒅の溶解
《たとえば、徳島県の例では鉄製の蒅溶解釜を用い、水と苛性ソーダを加えて蒅を煮て、蒅の粒状を溶解させ、泥状のものにします。徳島県工業試験場技師・米川孝宏氏の報告によると、その釜の容量は二百リットルで、水を約百リットル、蒅一・五俵(約八十五キロ)、苛性ソーダ一・五キロ入れ、攪拌しながら九十度以上で約一時間煮る、ということです》(p165)。
●蒅の仕込み
●蒅の仕込み
《徳島県で行われている方法によると、あらかじめ藍甕(一石五斗=約二百七十リットル入りのもの)に苛性ソーダを入れておきます。そこに水を半分くらいまで入れ、泥状に溶解したすくもを四個の藍甕に等分に仕込み、これをもう一度行うということです。》(p165~p166)。
伊勢丹のDVDには、鉄製の蒅溶解釜からすくもを別の容器に移し、それを天秤棒で担いで藍甕に移す作業風景が映し出され、書物の記述そのままのナレーションが流れています。
これが、戦後の徳島県で行われていた藍建て方法です。
ところが突然のように、徳島県から「天然灰汁醗酵建て」という言葉が藍染の世界に現れてきました。江戸時代から徳島県に続いている方法だと。しかし、徳島県に続いていた藍建は、上記したようなもので、天然も灰汁も醗酵もありません(私の知る限り、どんな文献にもその言葉は出てきません)。
天然灰汁醗酵建てでなければ本物ではない!、といわれた時期もあります。その言葉が無い時代から藍染をしている我々はどうなんだろうかとは思った(今でも1%くらいだといわれているようです)。
その中には、友人の国指定重要無形文化財技術保持者会会員の藍染(もちろん、本物です)も入っていないし、藍染の世界でただ一人の人間国宝である千葉あやのさんの藍染めも入っていない(それを文化庁では「正藍染」としています)。
その中には、友人の国指定重要無形文化財技術保持者会会員の藍染(もちろん、本物です)も入っていないし、藍染の世界でただ一人の人間国宝である千葉あやのさんの藍染めも入っていない(それを文化庁では「正藍染」としています)。
最近、この言葉が定着してきて、だれもが普通名詞のように「天然灰汁醗酵建て」とお使いになる。私の藍建ても、天然灰汁醗酵建てと言われるようになった。調べてみると、私たちの「本建て」とはずいぶん違いますから、私は「天然灰汁醗酵建て」とは言いません。「本建て」と言っています。
我々正藍染の世界は、「偽物」と云われる筋合いはありませんから我が道を行きますが、日本の藍染の本場が徳島県になったり(本場はありません)して、藍染が妙な世界に入っているという印象はぬぐえません。
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