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2018年6月

2018年6月26日 (火)

藍染が存在する理由・意味などについて その2 「剣道着」その①

 ある日、高校の古文の先生で、剣道も教えている方と出会いました。教士七段。
 彼は、「剣道を教えるとき、私は生徒たちに『君たちは、ただ剣道をしているわけではない。藍染の道着を身に着けることによって、同じものを身につけていた江戸時代の人と会話をしているのだ』と教えています」と、染め師の私に語ってくれました。
 さすがに古文を教えている先生の言葉だと、僭越ながら思いました。古典と親しむことは、その時代に身を置き、その時代の人と語り合い、己の来し方行く末を知り、自己を失わ無いようにすることでしょうから。私が昔ながらの藍染めに拘るのも、同じ理由です。しかし、残念ながら事はそう単純ではありません。

 植物からとる藍は、含有量が3~4%ときわめて少ないものです。
 そこで人類は、19世紀の終わり頃、石炭からコークスを取るときに出来る副生成物のコールタールから、100%の純粋な藍を発見しました。
 純粋(ピュア)な藍(インディゴ)だから、インディゴ・ピュアと呼ばれます。これが、人造藍です。

Photo_10                        (詳しくはこちらを参照)
 
 人造藍によって藍染めは革命的に変わり、簡単に染め液が出来るようになり、大量生産が可能になった。そして、植物を原料とする伝統的な藍染めは、壊滅的な打撃を被ることになります。
 では、伝統的な藍染めと人造藍のそれは何が違うのか?
 
 
 藍染めの液は、伝統の藍染めは堅木を燃やした木灰から取った「灰汁(あく)」を使って来た。しかし、木を燃やして灰を作ることも、それから灰汁を取ることも、手間がかかって面倒ですし、灰はそれほど沢山作れるわけではありません。
 それを化学的に分析すると、強アルカリ性だった。
 そこで、人造藍の藍染めでは、苛性ソーダや石灰を使い、強アルカリ性の溶液を作ります。これで、手間を省くことが出来た。
 
 藍染めは、酸化発色です。空気や水に含まれる酸素と結合して青くなる。ですから、染め液の中には酸素はありません。つまり、無酸素状態なのです。
 伝統的な藍染めは、醗酵という手法で時間を掛けて無酸素状態を作り出してきた。しかし、雑物の無いピュアなインディゴは醗酵しませんから、無酸素の液は作れません。
 
 酸化したものを元に戻すことを、還元作用だと言います。そこで化学は、還元剤というものを作り、簡単に無酸素状態の液体を作ることが出来るようになりました。
 
 苛性ソーダや石灰で作った強アルカリ性の溶液に、その還元剤を適量入れて無酸素状態の液体を作ることによって、簡単に藍染めの染め液が出来るようになったのです。

Photo_11                      (詳しくはこちらを参照
 
 この溶液は、藍の成分を持ったものなら、何でも染め液にすることが出来ます。石炭由来の合成藍でも、植物由来の生葉でも、乾燥葉でも、蒅(すくも)でも、沈殿藍でも、簡単に藍染めの染め液ができあがるのです。
 この建て方(藍染めの液を作ること)を、化学建てと呼びますが、今の藍染めの大凡がこの建て方です。
 化学建ての染め液に酸素が入って藍が溶け難くなってしまった場合、還元剤を加えて酸素を取れば良いし、アルカリ性の強弱も簡単に調整できますし、藍の色が無くなれば人造藍を足せば良い。
 大量生産が出来る理由が、お分かりだと思います。
 さて、剣道着は、そのほとんどが人造藍を使った化学建ての藍染めで作られています。それがなんなのだ!っというお話は、長くなりましたので次回といたします<(_ _)>
 
 
Photo_4 伝統の藍染めは、はじめ茶色で染め液から出てきます。茶味の濃淡は、染め液の年齢によります。写真の染め液は初老くらいかな。化学的に薬品を使った藍染めは、原料が何であれ、緑色です↓。

Photo_12

2018年6月 5日 (火)

藍染が存在する理由・意味などについて その1

 いつぞやNHKでインダス文明の史跡が紹介され、その中に藍染の工房があったそうで、なんと紀元前4500年も前だと云います。現存する藍染の布は、エジプトのミイラを包む麻布(マムミー布)で、紀元前2000年頃のもの。
 
 藍染が何故こんなに長い歴史を持つかといえば、人間が使い続けてきたからに他なりませんが、何故使い続けてきたかと云えば、人が生きる上で役に立っていたからでしょう。
 
  
 20年近くも前、私が修業をしていた父の工房に、大勢のお客様が見えられた。その中のご老人が訥々と以下のような話しを始められた。
 
 このご老人は、先の大戦で、インパール作戦に参加された。この作戦で帰ってきた日本兵は、一割から二割。戦死者数は七万を超えるという、無謀で悲惨な作戦でした。戦死者の大半は、病死や衰弱死だった。
 
 この方の部隊長が、戦地で全員に藍染の手拭いを配られ、「生水は飲むな。飲まなければならないときは、この手拭いで漉してから飲むように」と言われたそうです。結果、この部隊は唯一人の戦死者も出さずに帰ってこられた。
 
 「私が藍染の工房に来たのは、この話を伝えるためだ」と、このご老人は私におっしゃった。そして、「あなた達の仕事は、人の命を救うんだ。だから、この話を伝えて行って欲しい」とも。
 
 
 私の染めた藍染で、日傘を作っている職人がいます。それを日本橋三越本店で買い求めたお客様が次の日にまた入らして、「私の生涯で、これ程涼しい日傘に出会ったことがありません。母にもあげたいので、もっと良いのは無いかしら」と。その傘は綿だったので、絹を染めて日傘にして差し上げましたが、高価にはなった。
 藍染は紫外線を通さないと言います。だから砂漠の民は、藍染を頭から被り、ラクダを引いている。
 
 アリゾナの砂漠で半年暮らしている日本人が、帰国する度に私の藍染を買って下さる。どうしてか?と理由をお聞きしますと、「昼と夜の温度差が激しくて、何故か、お宅の藍染しか着られなくなっちゃった。快適です」と。
 
 
 名古屋の松坂屋本店で、90才になる完全な痴呆症の夫を抱えるご婦人が、「家(うち)の人は他のセーターを着せると『寒い寒い』っていうのに、あんたのところのセーターを着せると『暖かい暖かい』っていうの。不思議ね」とおっしゃった。何故か、涼しくて暖かいのが藍染です。
 
 
 古くから山陰では、赤ん坊が生まれると、母方の里から藍染の産着や湯上がりを送る風習があった。その名残りは今でもあるそうですが、藍染で赤ん坊をくるむことによって、肌荒れを防いだのでしょう。
 私が生まれた戦後直後も、着古した藍染の浴衣を潰しておしめにしていたのは、かぶれが無いからだと言われてきました。
 
 
 NHKが、父の工房から生放送したことがありました。勿論、全国放送です。その時、150年以上は経っている藍染の絣の野良着をお見せした。
 昔のものは洗濯板でごしごし洗ったでしょうから、絣の白いところは破れていますが、藍で染めたところは破れていない。何故破れないかといううと、藍染は、布や糸を丈夫にするからです。だから労働着に適しているわけで、野良着だしジーンズが藍染なのはそんな理由からでしょう。

Photo            栃木県足利市にあった父の工房で、染めた型染の反物を洗う父大川仁。
 
 
 藍で染めたジーンズは、ガラガラヘビ除けだと言われています。日本では手甲脚絆が藍染ですが、これはマムシ除けでもある。
 
 藍染の野良着の効用は、丈夫なだけではありません。汗疹にならない。だから、剣道着が藍染なのです。
 
 アトピー性皮膚炎の人が私の藍染を着ると、かゆみが和らぎ気持ちが良いとおっしゃるのは、肌を守るからなのでしょう。
 
 
 藍染は本来、こういう役割を持っていた。だからこそ、何千年という歴史を持つのだと私は考えています。
 
(つづく)

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