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2018年11月14日 (水)

死は一種の幸福である(ソクラテス)

ケ・セラ・セラ

私がまだほんの小さな娘だったとき、
私はママに私の将来を尋ねた。
私はきれいになるかしら。それともお金持ちになれる?
そしたらママは答えた。
 
気にしなくていいの。
なるようになるんだから。
将来のことは、人間にはわからないの。
 
私が大きくなって恋に落ちたとき、
私は恋人に私たちの将来について尋ねた。
私達の未来は、ずっと明るいと思う?
すると恋人は言った。
 
気にしなくていいんだよ。
なるようになるさ。
先のことは、人間には分からないんだから。
 
今、私は自分の子供を持っている。
すると彼らは私に聞くのだ。
僕はハンサムになれるかなぁ。お金持ちになれると思う?
そこで私は、彼らに優しく話してやる。
 
心配しなくていいの。
ちゃんと鳴るようになるわ。
将来のことは誰にも分からないのだけれど。
 
  
 曽野綾子が「私の『死の準備』」というエッセイの中で、ドリス・デイのこの歌を意訳して書いたもの。
 
 曾野は、子供の頃に二度死を自分の体験として前方に見たと語る。それ以来、死について始終考えるようになったが、それによって私は私らしくなっただけだと書いて、この歌が本当に好きだったと。
 「私たちの未来はほんとうにすべてにおいて、一瞬先の保証もない。その中で、たった一つ確実なことがある。それが死なのである」と。
 
 ソクラテスに死刑の判決が下された。そして彼は「今私の身に降りかかったことはきっと良いことであると思われる。それで私たちの中で死を禍であると信ずるものは皆確かに間違っているといわねばならぬ。」と言った。(ソクラテスの弁明)
 つづいて「「死」とは幸福なものだ」とソクラテスは言い、それは何故かとも語っているわけで、これもまた、深いお話しだ。

Photo_2 
 ソクラテスは、特に曲がったことをしようとする時に、それが極めて瑣細(ささい)な事であっても、決まって神霊の声の予言的警告があって私を諫止(かんし)してきたが、死刑となるかもしれない今日は、何をしても何を言ってもそれがない。だから、今私の身に降りかかったことは善い事だと思われる、と語る。「私の出逢おうとしているものが幸福なものでなかったならば、例の警告の微が私を諫止しないわけがないのである」と。

 《また、次のように考えて見ても、死は一種の幸福であるという希望には有力な理由があることが分かるであろう、けだし死は次の二つのうちのいずれかでなければならない、すなわち死ぬとは全然たる虚無に帰することを意味し、また死者は何ものについても何らの感覚を持たないか。それとも、人の言うが如く、それは一種の更生であり、この世からあの世への霊魂の移転であるか。またもしそれがすべての感覚の消失であり、夢一つさえ見ない眠りに等しいものならば、死は驚嘆すべき利得と言えるであろう。というのは、思うに、もし人が夢一つさえ見ないほど熟睡した夜を選び出して、これをその生涯中他の多くの夜や日と比較して見て、そうして熟考後、その生涯の幾日幾夜さをこの一夜よりもさらに好くさらに快く過ごしたかを自白しなければならないとしたら――思うに、単に普通人のみならずペルシャ大王といえども、それは他の日と夜とに比べて容易に数え得るほどしかないことを発見するであろうからである。それで死がはたしてかくの如きものであるならば、私はこれを一つの利得であるといおう。その時永遠はただの一夜よりも長くは見えまいから。これに反して死はこの世からあの世への遍歴の一種であって、また人の言う通りに実際すべての死者がそこに住んでいるのならば、裁判官諸君よ、これより大なる幸福があり得るだろうか。》(岩波文庫「ソクラテスの弁明」)

 こうしてソクラテスは、死を免れる方法をあえて取らず死んだ(クリトン)。
 
 曾野は自分の小説の中で、犯してもいない虐殺の罪に問われて死刑判決を受ける学徒兵に、母あてに次のような手紙を書かせている。
 《私が死ねばたった一度だけ、他の人にはできぬ孝行が出来ると信じています。それは、母上に、この世に深く絶望して、そして、意外にも心軽く、死んで頂けるかもしれない、と思う事です。しがみついて、生きていなければならぬようなこの世ではありませんでしたね、お母さん。》
 
 さて、簡単じゃないな。

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