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2019年1月

2019年1月28日 (月)

青山二郎と民芸運動

 青山二郎をご存知だろうか。装丁家として、小林秀雄、河上徹太郎、中原中也、三好達治などの本は彼の手になり、また陶器の目利きとして名が轟いているけれど、弟子のような白洲正子さんは彼を、「美の目利き」と呼んでいる。

Photo                       青山二郎の装丁本  

 そんな青山二郎が、民芸運動をどう見ていたか、実に興味があったのだが、たまたまバーナード・リーチを書いている随筆に、民芸運動のことが書いてあった。(芸術新潮昭和28年4月)

 

 曰く「民芸運動は陶工に一つの理論を与えた。彼らはその理論の上にあぐらをかいて銘々の作品を失ったのである」と。表現は複雑だから誤解されるかもしれないけれど、あえて続ければ、「工芸の本格的な仕事を仕事としている事で、充分彼らは満足していたのである」。

 青山は民芸の人たちを「抽象的になった」という。その彼らが作る「抽象化した物」は、一つ見れば皆分るという滑稽な欠点を持っているとも書き、「古い陶器や木工品にしても、どれが民芸だの『げてもの』として取り上げられると、一つ見れば皆分るという抽象性がそこに現われる」。

 「こういう仕事に必要なものは見物の量である。沢山なファンがいけにえとして手なずけられた」と書いているけれど、そうだろうなと思う。それは、今の「手づくり」の世界に矮小化されて現れている。みな同じようなスタイルで生きていることがそれだ。

 「リーチ始め彼らは我々の期待を裏切ったのである」と青山は言う。僭越ながら、胸のすくような言葉だ。

2019年1月25日 (金)

「どんな世界も同じ」 徒然草から

 徒然草をつれづれなるままに読むと、まことに面白いことばかり。それは、書いた吉田兼好が、官職を辞して洛北に引込み、自由にものを考え、気兼ねなくものが書けるような身分を得たからだと、小林秀雄は書いています。若い時分には充分味わえぬ文書が沢山あると。そういう事なんでしょう。
 
 その第百五十段をたまたま読んだ。我々芸事にたずさわる者にとって、とても重要なことが表されていると思います。
 
 《能(のう)をつかんとする人、「よくせざらんほどは、なまじひに人に知られじ。うちうちよく習(なら)ひ得(え)て、さし出(い)でたらんこそ、いと心にくからめ」と常に言ふめれど、かく言ふ人、一芸(いちげい)も習(なら)ひ得(う)ることなし。 
 未(いま)だ堅固(けんご)かたほなるより、上手(じゃうず)の中(なか)に交(まじ)りて、毀(そし)り笑はるゝにも恥ぢず、つれなく過ぎて嗜(たしな)む人、天性(てんせい)、その骨(こつ)なけれども、道になづまず、濫(みだ)りにせずして、年を送れば、堪能(かんのう)の嗜(たしな)まざるよりは、終(つひ)に上手の位に至り、徳たけ、人に許されて、双(ならび)なき名を得(う)る事なり。
 天下(てんか)のものの上手といへども、始めは、不堪(ふかん)の聞(きこ)えもあり、無下(むげ)の瑕瑾(かきん)もありき。されども、その人、道の掟(おきて)正(ただ)しく、これを重(おも)くして、放埒(はうらつ)せざれば、世の博士(はかせ)にて、万人(ばんにん)の師となる事、諸道(しょだう)変(かは)るべからず。》
 
 「芸能を身につけようとする人は、『下手なうちは、なまじ人に知らせず、内々によく習い覚えてから芸を披露するのが奥ゆかしくて良い』などと、人のよく言う所だけれど、こんな事を言う人は、一芸も習い得ることはない。
 まだ芸が未熟なうちから上手に交ざって、嘲笑されても恥ずかしがらず、平気でやり通して行く人が、才能や素質が無くても、芸の道を踏み外すことも無く、我流にもならず、時を経て、器用なのかもしれないが不勉強なのよりは、かえって上手になり、徳もおのずとそなわり、人にも許されて、無双の名声を得ることがあるものだ。
 天下に知れた上手であっても、始めは下手だとなじられ、酷い欠点もあった。しかし、その人が、芸の教えを正しく学び、尊重し、身勝手をつつしんだからこそ、世の物知りとなり、万人の師となった。どんな世界も同じだ。」
 
 如何でしょうか。身につまされます。

2019年1月24日 (木)

地獄建て 生きる喜び

 草木染めで名をはせた某氏は、地獄建てについてこう書いている。「出藍の誉れというように、藍建ては難しいのである。古くからの手法による藍建ては、灰汁水のみを用いた方法で、それを地獄建てなどといっているが、その方法は非常に困難なのである」と。
 
 さて、何故「非常に困難」とこの方は書くのだろうか。私は、困難だと言っているだけなんだろうと思う。何故かと言うと、この方は、技術的な面から藍建てを見ているからだし、書いてあるものを読んでも、藍染の職人として、私には共感はない。つまり、藍建てを知らないのだろうと。
 
 草木染めの基本は煮出しだから、それ以外の、例えば媒染剤の在り方などの技術的な面が先に走るのかもしれない。人に教えるのも、技術を伝えることになるだろう。「あれをこうして、これをああすれば、こういう色が出る」というようなことだ。
  
 しかし、灰汁だけで建てる「地獄建て」は、使うものは蒅(すくも)と灰汁だけだから、技術的な事は問題にならない。そこには媒染剤も還元剤もない。「あれをこうして、これをああすれば、こういう色が出る」というようなことがない。
 
 私が「地獄建て」のことを書くと、藍染の人は、材料に目が向く。灰汁だ石灰だふすまだ日本酒だ苛性ソーダだソーダ灰だブドウ糖だ水飴だ蜜だハイドロサルファイトだと。だから、例えば私が「石灰は使うな」と書けば、貝灰に変える。だけど、そこに理由が無い。いや、理由が分かっていない。だから、石灰を貝灰に変えるだけのことになる。一事が万事だろう。
 
 地獄建てが何故難しいと言われるかといえば、そういう事じゃないからだ。では、どういうことか。
 
 地獄建ては、蒅(すくも)と灰汁だけという、これ以上ないシンプルなものだから、使う材料の質の問題がまずは出て来る。これが厄介でもある。
  
 まずは蒅(すくも)の質の問題がある。それは当然、藍草の質の問題となる。これには種、土、肥料、水、天候など、神羅万象が関わって藍草が育てられ、その上に、藍草の刈り取り、天日干し、土間の作り方、藍草の積み方、水打ち、切り返しなどなど、これもまた神羅万象のことがあって蒅(すくも)が出来る。野に出て、染めの材料の草木を刈り取ってくるわけではないのだ。
 
 次に灰汁だ。これには良い灰が必要だ。その上に、灰をより良くする作業が加わる。次に、水。良い水を良い灰に加える事によって、良い灰汁が作れる。そして、それらの良し悪しの見分け方と作る方法の問題も出て来る。
 
 次に、蒅(すくも)に灰汁を加えて行くのだが、さて、どうやって加えれば良いのか。ここで大切なのは技術的方法ではない。良い方法とは、良い心、気持ち、考え方から生まれるのだ。
 
 これを私は伝えているのだが、伝えられるようになるまでに、私は修行を必要とした。「良い心、気持ち、考え方」を伝えることが、藍建てを伝えることだからだ。
 
 講習生達から藍が建ったという報告が次々に入ってきている。地獄建てによる本染めが日本中でも海外でも始まっている。中には藍が建って「こんな喜びが人生のなかにあるとは思いもしませんでした」という人がいる。私が伝えているのは、実はこういう「喜び」なのだ。

 地獄建てとそれによる本染めには、こういう「人が生きる喜び」がある。きる人が生きる喜びにも通じるっていう喜びにも通じるっていうが生きる喜びにも通じるっていう

2019年1月22日 (火)

藍染の世界と徒然草

 小林秀雄は吉田兼好について、「私たち批評を書くものにとっては、忘れる事の出来ない大先輩である。この人を凌駕するような批評家は一人も現れはしない」と語っています。私もつれづれなるままに「徒然草」を読むわけだけれど、その通りなんだろうなと思う。
 
 その第七十三段は次のように始まる。
 
 《世に語り伝ふる事、まことはあいなきにや、多くは皆(みな)虚言(そらごと)なり。
 あるにも過(す)ぎて人は物を言ひなすに、まして、年月(としつき)過ぎ、境(さかひ)も隔(へだた)りぬれば、言ひたきまゝに語りなして、筆にも書き止めぬれば、やがて定まりぬ。道々の物の上手(じやうず)のいみじき事など、かたくななる人の、その道(みち)知らぬは、そゞろに、神の如くに言へども、道知れる人は、さらに、信も起おこさず。音(おと)に聞くと見る時とは、何事も変るものなり。》

 「世に語り伝えられていることは、本当のことでは面白くないのか、多くはみな作り話だ。
 人は実際以上にこしらえごとを言いたがるのに、まして、年月が過ぎると世界も変わっているから、言いたい放題を語り、それを書物などに書き留めれば、やがて嘘も本当のことと定まってしまう。
 その道の達人の偉かったことなどを、わけのわからぬ人で、その道を知らない人はむやみに神様のように云うけれど、その道を知る人は、いっこうに、崇拝する気にもならない。評判を聞くのと見るのとは、何事も違うものだ。」
 
 ここにある「道」を「藍染め」に置き換えれば、実にその通りと頷くしかないが、人の世界は、変わらないようです。
 
 ご興味ある方は、続きを読んでみてください。余計に頷くことでしょう。批評とはかくあるものと思い知らされます。
   
 《かつあらはるゝをも顧(かへ)りみず、口に任まかせて言ひ散(ち)らすは、やがて、浮きたることと聞ゆ。また、我もまことしからずは思ひながら、人の言ひしまゝに、鼻のほどおごめきて言ふは、その人の虚言(そらごと)にはあらず。げにげにしく所々うちおぼめき、よく知らぬよしして、さりながら、つまづま合はせて語る虚言(そらごと)は、恐しき事なり。我がため面目(めんぼく)あるやうに言はれぬる虚言は、人いたくあらがはず。皆人(みなひと)の興ずる虚言は、ひとり、「さもなかりしものを」と言はんも詮(せん)なくて聞きゐたる程に、証人にさへなされて、いとゞ定まりぬべし。
 とにもかくにも、虚言(そらごと)多(おほ)き世なり。たゞ、常にある、珍(めづ)らしからぬ事のまゝに心得えたらん、万(よろづ)違(たが)ふべからず。下(しも)ざまの人の物語は、耳驚く事のみあり。よき人は怪しき事を語らず。
 かくは言へど、仏神(ぶつじん)の奇特(きどく)、権者(ごんじや)の伝記、さのみ信ぜざるべきにもあらず。これは、世俗の虚言をねんごろに信じたるもをこがましく、「よもあらじ」など言ふも詮(せん)なければ、大方は、まことしくあひしらひて、偏(ひとへ)に信ぜず、また、疑ひ嘲(あざけ)るべからずとなり。》
 
 「言ったそばから嘘がバレるのにも気付かず、口まかせにしゃべり散らせば、すぐに根も葉もないことと知れる。また、自分でも「本当ではないかもしれない」と知りながら、人から聞いたまま、鼻をピクピクさせて話すのは、あながちその人の虚言とはいえない。だがしかし、もっともらしく所々はよく知らないと言いつつ、それでいて話の辻褄を合わせてしまうような虚言は恐ろしいものだ。自分の名誉になるようなことを言われる虚言は、人はそれを否定しようとはしない。みんなが面白がっている嘘には、自分一人だけ「嘘ばっかり」と言ってもしかたないと黙って聞いているうちに、その嘘の証人になどにさせられて、嘘が事実となってしまう。
 とにもかくにも、嘘の多い世の中だ。それゆえ、人があまり珍奇なことを言ったら、いつも本当は格段珍しくもない普通のことに直して心得てさえいれば、間違いは無いのだ。しかし、下賤な人間の話は耳を驚かすものばかり。りっぱな人は怪しいことは言わない。
 そうは言っても、神仏の奇跡や、高僧の伝記までも、信じてはいけないと言うわけではない。これらは、世俗の嘘を本気で信じるのも間抜けだが、それを信じる人に「そんなのは嘘だ」と言っても詮無い事だから、だいたいは本当のこととしてあしらっておいて、意味もなく信じたりせず、またむやみに疑いあざけったりしてはならない。」

 《これは、世俗の虚言をねんごろに信じたるもをこがましく、「よもあらじ」など言ふも詮(せん)なければ、大方は、まことしくあひしらひて、偏(ひとへ)に信ぜず、また、疑ひ嘲(あざけ)るべからずとなり。》とは、常識に従えという事なのでしょう。
 無理して訳してみましたが、批評だとつくづく思います。

2019年1月21日 (月)

学問

 人生晩年になって、何の因果か古典を読む羽目になっている。今机の上にあるものを言えば、「古事記」「徒然草」「枕草子」だ。その上に、大野晋さんの日本語についての本が混じる。

 そしてあるのは、「私には学問が無いな」という感慨だ。何を読んでも歯がゆい事ばかりだ。本居宣長は「うひやまぶみ」で、学問を始めるのに早いも遅いもないと言っていることが救いだけれど、歯がゆい事には違いが無い。

 大野晋さんは、日本語をさかのぼり、やまと言葉から古代日本の世界像を見る。その中で、宮中の女性たちの「もの」という言葉の使い方で、紫式部と清少納言の性格の違いまで語る。そんなものを読むと、げに学問とは恐ろしいものだと感じ、己の無学を歎く破目になるわけだ。

 歎いても仕方ないから、宣長の教えの通り、あっち読み、理解できなければこっち読み、またあっちを読み返しなんてことをしながら、つれづれに古典を読んでいる今日この頃という独り言でござい。

2019年1月 9日 (水)

出逢い

 先に紹介した藍の「地獄建て」をしているのは、会社にお勤めの女性。東京のマンション暮らしだけれど、本染めを、お部屋でこれからなさって行く。仕事になさるかどうかは、ご本人次第。お若いから、まだまだ先がある。
 その他、様々な人がこの藍染め・正藍染めをお始めだ。昨日相談されたのは、歯医者さん。形成外科医もいらっしゃる。
 
 カルチャーセンターで藍染めを教わり、それを家で建てて楽しんでいた専業主婦がいた。しかしご主人が、「教室が終わったら藍染めは辞めてくれ。臭くてたまらない」とおっしゃる。藍染めが大好きなので悩んでいる時に、私の何かの記事をお読みになり、講習会にいらした。今、ご主人が嬉々として手入れを助けてくださっているとのこと。臭くありませんから。
 
 中にはプロフェッショナルな染色家が、それも藍染めをおやりになっている方が講習会に参加なさっている。それは、藍染の本質的な事に気づいたからなのだと、私は思います。
 では、藍の本質的な事とは何か?それをお伝えしているのが「藍建て講習会」なのです。
 
 さて、本建て・地獄建てによる正藍染をする、出来る人たちが、今年中に100名を超すでしょう。彼らは日本だけでなく、海外にも広がりつつある。そして、藍染の本質に気づく人たちも増えるに違いありません。そうなれば、私はもう本望なのです。
 
 しかし、私の所に来ているのに気が付かない人たちがいる。彼らは何かに邪魔されているのだと私は考えています。その「何か」とは、「縁」というものだとも。
 
 私の畏敬する相田みつをさんは、「その時の出逢いが人生を根底から変えることがある 良き出逢いを」と書いた。

 
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 良き出逢いがあったとしても、気づかなければ良き出逢いとはならない。
 出逢いは人生を根底から変えることがあるのだから、「良き出逢いを」と相田さんは言う。しかし、それが「悪しき出逢い」だったらどうなるというのか。それが「縁」。
  
 相田さんの言葉は、優しいようだけれど、怖いと私は思う。それこそ、本質をついているからだと。
 
 だけど相田さんは、「つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの」ともいう。これは苦労人相田みつをの優しさかな。救いが無ければ仏の教えじゃありませんから。
 
Photo_2  こんなことを書くのも二度目。
 本当のことが広がると、嘘がバレる。
 バレた時、嘘ごとは、ただただ虚しいものとなる。多分、人を騙していた分、もっと酷い事になるだろう。
 「気づけ!」と、秘かに私は言っているのです。
 

2019年1月 7日 (月)

地獄建て

 ご挨拶しておりませんでしたが、皆様、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお付き合いくださいませm(__)m
 
 新年早々言葉は怖いけれど、藍建て(染め液を作ること)に「地獄建て」という方法がある。これは私のやっている「本建て」の事。

 志村ふくみさんや白洲正子さんは、これを「地獄だし」と書いているのを読んだことがあるけれど、白洲さんは、蒅(すくも)を使う藍建てを「ふすま建て」と間違える人だから気を付けないといけません。しかし、蒅(すくも)を灰汁だけで建てるという事には変わりはない。

 「地獄建て」は、色々材料を使う藍建てと違ってこれ以上は無いというほどにシンプルな藍建て。志村さんも白洲さんも、最も難しい染め液の作り方だと書いています。シンプルだけれど難しい。しかし、この染め液で染めれば、色も良いし強いし人間を守る藍染めになる。これが本来の藍の染め液の作り方。
 

 さて、日本中の講習生達から、藍建ての報告があります。南の某列島の島からもありました。そう言えば、佐渡島で始まりますから、本建ての正藍染は、島に広まっています。これから小笠原にすくもを送ります。四国各地でも始まっています。

 新しい所では、年末に送った蒅を正月二日に建て始め、七日の朝に藍が出ていたという報告がありました。東京のマンションです。嵩上げが終わっていませんが、焦らなければ完全に建ちます。そして、長く生き続けることでしょう。

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 なぜマンションの一室で藍染が出来るかと言えば、正藍染の染め液は臭くないからです。すくもと灰汁だけの本建て、これをまた「地獄建て」とも言います。

 日本酒やふすま(小麦の皮)などの余計な有機物を加えず、石灰のアルカリも利用せず、貝灰も入れず、もちろん、蜜やブドウ糖やグルコースが含まれた水飴なども加えず、蒅(すくも)の力を灰汁で引き出して醗酵させる藍建てを「地獄建て」というのです。

 特徴は、美しい色味、染めの丈夫さ等々さまざまで、良いことばかりです。人間が藍染めを使い続けてきた訳、理由がそこにあります。それは、人が生まれてきた分けにも通じると、私は考えています。

 
 

 追記 建てている人たちへ。

 私はまだ建たないなどと、比較して考えませんように。人それぞれ。環境が違えば経過も違う。それが個性。長く付き合うのですから、焦らない事、ゆっくりやること、為すべきことを心を込めて為すこと。それを心がけてください。

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