藍建て講習会 雑感
講習会を開催して、昨日書いた「藍建て」の「本建て」を伝えている。今回で講習生は100名を超し、沖縄から北海道、海外はオーストラリアまで広がった。小さな狭い藍染の世界では、なかなかなものだと思う。
しかし、これだけの数をになると、講習生の中に、自分勝手な人が一人だけれど出てきた(正確には二人)。私に教わったことがどういうことかを理解できなかったようだ。やってみると出来ちゃったからだろうな。出来て当たり前で、私は出来るように教えているのだから。
私が伝えていることは、私の長い経験から生まれたことだし知識もある。教われば簡単に思うだろうけれど、知らなければ何十年藍染めしたってわからない事だ。
例えば昨日教えたことは、藍染めを二十年以上やってきた人の長年の悩みだった。それを私の一言で解決したこと事なのだ。その前に教えたことは染め液の復活だけれど、これもすることは単純な事。しかし、知らなければ、下手すると一生気がつかない事だ。もちろん、本建てはその最たるもの。
息子が夕べ、「講習会は、お父さんの人生を伝えているようなものだ」と表現したが、その通りだと気づかされた。それは、人によっては「人生の切り売り」となることも。
始めるときは講習生100名を目標にした。それだけの数になれば日本の藍染の世界が変わるかもしれないと思ったからだ。その目標も達成できることだし、藍染の世界の変化も見えて来たし、裏切り者も出てきたことだし、私も大病したし、少し気持ちを変えようと思う。
息子から見れば、私は人生をかけているのだから、それが理解できる人をお相手にして行くことにする。もちろん、生あればだけれど。
世阿弥の云う「秘すれば花なり」という言葉が、しみじみと感じられる。
« 灰汁建て 本建て 地獄建て | トップページ | 晴耕雨読 »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 教える事 教わること(2016.08.17)
- 千客万来(2020.06.21)
- 常識(2020.06.20)
- 学問(2020.03.28)
- ゴッドハンド(2020.03.27)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント