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2019年7月

2019年7月25日 (木)

動画 下染(したぞめ)

 藍染めの染め方は素材により変わりますが、基本はある。例えばここに紹介する「下染(したぞめ)」がそれ。

 強い藍染にするには下染が肝心です。下染して定着させた藍に藍を重ねることによって、染の強さが増す。薄い色の藍染も回数が必要なのはその為。

 その第一弾の動画。シリーズ化を狙っているようですがさてどうなりますか。

 染めも洗いも、私から見て理想的です。

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動画を見るには画像をクリック

東武宇都宮百貨店「職人展」開催中! 百貨店催事今昔

 東武宇都宮百貨店で、昨日から「全国職人の技展」と「栃木の匠展」が開催されています。近郊近在の方々、どうぞお運びください。同時に「栃木の匠展」も開催中!

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 現在、「職人の技展」とそれに類する工芸だけの百貨店催事は、全国で行われています。その始まりは、なんば高島屋で先週まで行われていた「伝統展」。その経緯は以前書きましたが、高島屋とその系列百貨店の専売特許のような催事でした。

 関東で、それ以外の工芸の催事の始まりは、24年前の東武宇都宮百貨店のこの「職人展」です。私と水晶の大森君と伊賀組紐の平井と三人が始め、これをサンプルに、各百貨店の担当者が見学に来て他でも始まる事になります。今同時に行われている日本橋三越の「職人展」は、この後に、小さく始まったものです。

 昔は職人は百貨店催事に出なかったし、出られるような人もいなかった。催事が少なかったからで、出展者はその業界を代表する人たちで構成されていました。

 今は需要と供給のバランスが壊れ、職人が足りないようです。聞く所によれば「玉石混交」といわれる物もあるとか。これにはこれで理由もありますが、私は火付け役でしたから、反省もあります。

 それはともかくこの「職人展」は、出展者を集めたに関して担当はよく頑張りました。こういうことは一目でわかります。良い催しと思います。再び書きますが、どうぞお運びくださいませ。

2019年7月20日 (土)

【たかが藍染 されど藍染め】目的の喪失

 藍染は実用の物。そういう言わずもがなの本質的な事が分からなくされているのが今。多分、工芸の本質は使う事。例えば織物は着るものであって、飾って見るものではない。

 美術や芸術という概念が明治以降日本に入ってきて、これを利用した商売が、問屋や小売店に生まれた。
 例えば職人を「作家」と呼び、彼らの作ったものを「作家物」などと云って値段を釣り上げて儲けた。

 つい最近までそれが生きていて、京都では「作家」が会社を作り、工房を作り、ビルを建て、それが次々に倒産して今がある。金もうけに走った結果という、自業自得かもしれない。

 それは何も、染織だけではない、工芸全体に言えることで、我々は本質を忘れた。我々とは、作り手もあるが、使い手、消費者の事でもある。

 例えば藍染は、使うものだ。暖簾のように見るものもあるという云う意見もあるだろうが、藍染めが暖簾であったには、日よけや虫よけという理由があった。だから、暖簾は藍染。
 
 美しく見せられるように、簡単に藍建てされて藍染めされている鑑賞用の藍染がある。これを、工芸品という名の美術品にして鑑賞している世界がある。簡単に染められて美しいように見せる藍染めに、本質的な意味があるのだろうか。使えば色落ちして色移りする。

 何のために、その藍染は存在するのだろうか。

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 写真はデニムの生地の藍染。これがいわゆるジーパンになるが、では、ジーパンは何のために存在するのか?

 そういう視点の物づくりが必要なのではないかと、私は考えています。

 

2019年7月17日 (水)

隋書俀国伝と大化の改新(乙巳の変)そして忌部氏の事

 (隋とは、聖徳太子が遣隋使を派遣したという中国大陸の帝国の事。そう書かなければわからない人たちが増えているらしい。)
 
 7世紀初めに編纂された「隋書・俀国伝」に・・・
 《新羅百濟皆以俀為大國多珎物並敬仰之恒通使往來》
 「新羅 百済 皆 俀ヲ以ッテ大国 多珍物ト為シ並ビニ之ヲ敬仰シ恒ニ通使往来ス」という記述がある。

 つまり当時、「新羅と百済は、どちらも倭は大国で珍しい物が多いと考え、敬い見上げている。常に使者を通わせて往来している」ということが書かれている。
 7世紀当時も、朝鮮半島から見て倭(日本)は大国だった。これも歴史。
 
 我々の世代が教わった「大化の改新」は今、「乙巳(いっし)の変」というらしい。

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 日本に三韓(新羅、百済、高句麗)から進貢の使者が来日した時のイベント(三国の調の儀式)の最中に、蘇我氏を中大兄皇子と中臣鎌足が滅ぼした事変だけれど、これも「隋書倭国伝」の記述を裏付けている。そして、白村江の戦いから律令制度による国家運営に繋がり、延喜式がそこにある。
 
 これによって中臣氏は藤原氏となって栄えるが、同時期に居た忌部氏は中臣氏と争い敗れ、衰退して行く。その争いごとは「日本後記」に記述されている。

《卷十四大同元年(八〇六)八月庚午【十】》○庚午。先是中臣忌部兩氏各有相訴。中臣氏云。忌部者。本造幣帛。不申祝詞。然則不可以忌部氏爲幣帛使。忌部氏云。奉幣祈祷。是忌部之職也。然則以忌部氏爲幣帛使。以中臣氏可預祓使。彼此相論。各有所據。是日勅命。據日本書紀。天照大神閇天磐戸之時。中臣連遠祖天兒屋命。忌部遠祖太玉命。掘天香山之五百箇眞坂樹。而上枝懸八坂瓊之五百箇御統。中枝懸八咫鏡。下枝懸青和幣白和幣。相與致祈祷者。然則至祈祷事。中臣忌部並可相預。又神祇令云。其祈年月次祭者。中臣宣祝詞。忌部班幣帛。踐祚之日。中臣奏天神壽詞。忌部上神璽鏡劔。六月十二月晦日大祓者。中臣上御祓麻。東西文部上祓刀。讀祓詞訖。中臣宣祓詞。常祀之外。須向諸社供幣帛者。皆取五位以上卜食者充之。宜常祀之外。奉幣之使。取用兩氏。必當相半。自餘之事。專依令條。 
 
 忌部氏の祖先は、天日鷲尊(あめのひわしのみこと)。日本武尊の東征に参加、今の関東に、大麻や楮などの産業を伝え、私達は尊を鷲宮神社に祀り、その偉業をお酉様としてお祭りしている。
 
 こうやって連綿と続く物語が歴史。面白いと私は思うけれど、どうだろうか。

2019年7月14日 (日)

足利の藍染師

 今日、私が三年前、藍建てを教えた1期生と2期生の有志が私の所に来て藍建ての再確認をしている。
 尾道や兵庫や北海道など全国からだけれど、私のふるさと足利市の講習生が二人その中に居る。

 私が病を得る一年前、2016年4月と8月に伝えた人たちだが、皆、ちゃんと藍染めをしていてありがたいことだ。

 足利の藍染師は、一人はプロのデザイナーだから、それなりに藍染めをしているけれど、もう一人は結婚して子供が出来て、二人目がおなかに入っている状態だけれど、驚いたことに、自分で建てた染め液で染めた藍染めを持ってきた。
 話す内容もしっかりしていて、安心もし、驚かされもした。

 「伝えて良かったなあ。足利でも正藍染の下地が出来た」と、心から喜んでいます。

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