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2019年8月 7日 (水)

秘すれば花

 世阿弥は「風姿花伝」の中で、「秘する花を知る事。秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」と書いています。私が藍建てを語り伝えることに、「秘すれば花なんじゃないの」と反対する方もいらっしゃいました。秘するからこそ、花は花としてある。秘さなければ、花として存在し得なくなる。

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 しかし、藍染が滅べば、秘すべき花そのものが無くなるわけですから、それこそ元も子もありません。私が藍建てと藍染を伝えだしたのは、本建ての藍染が滅びに向かっているという自覚があったからです。

 このブログに紹介してきた染め師の渡辺庄吉さんは・・・

 《(紺屋は)秘伝やなんやという、そんなこんなが藍を廃らせてまったと思うんです。》と語っています。それを踏まえて
 《「藍染が廃れようとするときに、全部投げ出したって、もともとやと思っとります。》と(泰流社「正藍染」p112)。だから私も、伝えなければならない。

 問題は、どう伝えるべきかという方法です。

 技術的な事をただ伝えると、物事の表面だけしか伝わらない。
 修行や年季のいることを伝えることは難しいから、技術的な事をとりあえず教える。すると出来るようになる。
 出来るようになったところで、それは単に出来るだけのことで、そこから深く掘り下げ、高みに上る修行、訓練、努力をしなければならない。
 
 難しいのは、この道理を教える事。

 この道理が分からない人は、単に出来るだけで終わる。深い理解も、高みに上った景色も見ることが無い。
 私が「出来る事なんて大したことじゃない」と口を酸っぱくして言っても、そういう人はそれで終わるしかない。これは、資質とこころざしの問題でもある。

 伝えだして3年経ち、「秘すれば花」とはやはり、真実だと思わないわけではない。

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