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2019年8月 8日 (木)

藍染と歴史と

 《伝統の藍建てに出会ったら、是非、自国の歴史を振り返って頂きたいと切に思う。明治維新後、日本に入ってきた社会進化論とイデオロギーに侵されている限り、藍染めの本質を見ることはない。》

 日本人が日本人であるためには「大和心(やまとごころ)」を持たねばならず、それを侵すのが「漢意(からごころ)」。だから、それを排除しなければならないと、本居宣長は言います。
 その思想の上にあるのが「もののあわれ論」であり、「古事記伝」。私が度々言って来た「かむかふ」というのもその一つ。

 藍染めも、日本人は、平安時代のやり方を変えて蒅を発明し、加温の方法を思いついて、現在、私のしている藍建てと藍染になった。

 何故日本人は、蒅を作り出したのか?
 作らなければならなかったのか?
 作り出せたのか?

 それはたぶん、醗酵という言葉も知らない当時の人々の、継承されてきた知恵の発露だったに違いない。そう、歴史は私に語り掛けて来たからこそ、蒅と灰汁だけの藍建てになった。それが、藍染の本質を見る事なのではないかと、私は考えるわけです。

 それを侵したのが、明治の後半に入ってきた化学藍と、そういうものの思想的背景にある社会進化論と歴史を科学としてとらえるイデオロギー。それこそ漢意(からごころ)そのもの。そして、日本の藍は、ほぼ滅ぼされた。

 ヨーロッパをみれば、ウォードの藍染がインド藍に侵され、そしてついに化学藍に侵されて、ほぼ完全に伝統の藍染は滅ぼされた。100年も前の事です。今、そのノウハウは無いという。

 振り返って日本は、真の醗酵の藍染が何とか生き残っているけれど、私をはじめ、数人が継承しているに過ぎなかった。

 だから、私は藍建てを伝えだしたわけだけれど、幸い、私の気づきに気が付き始めた人たちが、それを継承しだしている。
 しかし、漢意の呪縛から逃れられない人もいる。漢意は、藍の本質に近づくことを妨げる。
 だから、「伝統の藍建てに出会ったなら、是非、自国の歴史を振り返って頂きたいと切に思う。」とわたしは言うわけです。

 社会進化論とイデオロギーが何故漢意かということは、随分前に書いたことだけれど、いつかまた改めて紹介したいと思う。

Photo_20190808102501
本居宣長の自画自賛
しき嶋のやまとこゝろを人とはゝ朝日ににほふ山さくら花

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