紺邑のホームページ

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    藍染を始める方。藍染をなさりたい方もお訪ねください。藍に関する資材とノウハウを提供します。 藍染の製品もあります。 その他にも、沢山そろえて行きます。

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紺邑

2017年1月 2日 (月)

明けましておめでとうございます。

新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

例年、日本橋三越で年越しをしていましたが、今回は出展せず、久々に我が家で年越しを致しました。

大掃除もできて心機一転、新しい紺邑となる一年にしたいと思います。ホームページ作成ソフトもようやく見つかりました。これで、復活が果たせるかもしれません。

とにもかくにも、今年もよろしくお願いいたします。

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2016年11月13日 (日)

お知らせ

お知らせ

パソコンが壊れまして、データすべてを失いました😢
ホームページのサーバーとも接触できず、ようやく復旧の見込みが今立ちました。
HPとメールが不自由ですが、もう少しお持ちください。
しかし、HPの更新はまだ時間がかかりそうです。

その間のメールは
DQE05250@nifty.com
にお願いします。

2016年6月 4日 (土)

紺邑の藍畑

 2011年、震災の年、被災地の浪江町から佐野市に避難なさってきた斎藤ご夫妻と、菊地さんと家内で始めた藍草の栽培。それがきっかけで、「佐野藍」の復活が始まりました。

 最初は直播でうまくいかず、ある藍農家に知恵を借りつつ、試行錯誤でしてきた藍草の栽培も5年が経ち、ようやく畑らしい畑になったように思います。なにせど素人ですから。

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 現在は福島市に住んでいる斎藤ご夫妻が、藍草の苗をお持ちになった。80歳を超えたご高齢のお二人が、炎天下の中、楽しそうに藍草を植えていかれました。

 まだ成長半ばの苗もあり、また体力の問題もありますから、出来るだけのことをやってお帰りになりました。

 震災がなければ佐野藍もなかった。

 ましてや、自分たちで藍草を栽培するような事態になることもなかったなと、多少の感慨があることはあります。


 福島県双葉郡浪江町は、来年帰ることが出来そうです。放射線量も思ったより減ってきているし、隣の南相馬市小高地区には、民間のお医者さんも2人お帰りになっている。

 「草刈りに行きますよ」というと、「なに、除染作業で家も畑もお墓もきれいなもんだ」と。

 そういえば、双葉町に実家のある友人の写真を見たことがありますが、その通りできれいになっていました。

 それでも、たぶん帰れないでしょう。

 何分、ご高齢ですから。

2016年4月22日 (金)

大甕の藍建て

 すくもが出来ましたので、藍建てをしています。

 130ℓの小さな甕は建てたばかりですが、さすがに大甕は、昨年の11月16日に建った甕なので、素晴らしい青には染まりますが、濃紺までにはあまりにも回数が掛かりすぎます。
 そこで、エイヤ!っとばかりに、新しく藍建てをすることにしました。
 
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 仕込みは4日前。諸事情で二番灰汁で建て始めました。

 
 一昨日、三番と四番で嵩上げして、昨日撹拌して一晩寝かせた状態です。

 まあまあですが、ちょいと勢いが足りません。何故かと云えば、灰汁が足りないと思います。一番灰汁を欲していると見ました。

 
 昨日の午前中、私、写真のモデル業をいたしまして、ポーランド人の女性カメラマンから「ハンサム」などと言われて喜び、午後に灰汁取りをしようと思っていたら大雨。

 そこで、今日作業ということになりましたが、この1日遅れがかえって良い結果を生むと踏んでいます。

 
 灰を煎り直して灰をつくり、120ℓと130ℓのペールに入った5番灰汁を別の容器に移し(灰汁建て以外に使います)、灰を棄て、お湯を足しながら灰汁取中にこれを書いてます。

 嵩上げは、明日です。灰汁が落ち着きませんから。



 たぶん、今日は起きていられません。身体はクタクタです。

 酒飲んだら、バタンキューでしょう(本当は、先ほど座ったままちょいと寝ていました)。

2016年4月12日 (火)

 本建てに絶対必要なのは、木灰。その大元は当たり前に木ですが、これを調達するのが難しい世の中です。なにせ、木を切らず、木を使わない世の中ですから。

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 なんと、桜の木を頂いてきました。

 全部で軽トラックに三台分強と云うところでしょうか。

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 これで、今年の冬が少し安心ですが、その上、灰が出来ます。

 ただし、巻割りと云う仕事が残っています。

 経験したい方、いつでもお越しください。

2016年3月24日 (木)

バングラディシュの手織り綿 カディ

 東洋大学の小早川先生が、バングラデッシュの支援活動を20年続けている、サクラモヒラの平間さんをお連れ下さいました。

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 平間さんの活動は大変なものですが、その中に、ガンジーゆかりの手織り綿「カディ」をなんとか存続させたいという事があるようです。

 「カディ」はインド古来の綿織物ですが、ガンジーが広めたと言います。昔はバングラディシュもインドでしたから、ガンジーが来て伝えたもの。

 それが現在、織手はたった一人。

 織って売れれば、カディの存続が図れる。
 私たち本染めの藍染と、全く同じ状況です。
 そこで、日本の正藍染とバングラディシュのカディが結びついた。

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 たった一人しかいない織手のカディを、私が藍染します。そして、小早川先生達のプロジェクトが関係してくる。そして、作品が出来上がる。

 日本の方々には、是非それを使っていただきたい。
 本染めの青と、伝統古来のインドの織物の風合いを楽しんでいただきたい。

 これからですが、そう思います。

 小早川先生は、「危機的なアジアの伝統文化を存続させるために具体的な仕組みを考えています」とおっしゃっています。

 少しでもお役に立てればと思いますが、「危機的なアジアの伝統文化」の中に、日本の正藍染もあると、再認識させられる出来事でもあります。

2016年3月13日 (日)

ふんどし

 正藍染のふんどしを作りました。

 この十年来のご希望に、ようやく答えることが出来ました。

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 和泉木綿のさらしを使用し、その上に正藍染をして紺邑でお仕立てしました。

、すばらしい肌触りです。

 ふんどしご愛用の方々、ぜひお試しあれ。

 大小あり、男女ともにお使いになれます。

 詳しくは、こちらをご覧ください。
 
 

2016年1月27日 (水)

紺屋の仕事

 紺屋の仕事は染めだけではありませんで、染める準備、環境作りなんてのもある。まあ、当たり前ですが。

 薪を集めるのもその一つ。何せ、灰がなければ、正藍染は出来ません。

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 来年の為ですが、白樫を集めてきました。
 軽トラックで3台分ですが、まだ取りに行かねばなりません。

 

 藍染は、染め液の調子が良くなければ染まりません。

 ここのところ酷使したためか、全部の甕が疲れていて、それなりの色しか出なくなった。こうなると、染め液と同様、私も疲れる。

 ですから、少し手入れをしました。

 手入れの準備もありまして、灰を煎り、灰汁を取り、貝灰を入れ、ふすまを炊きなんて色々です。

 それも、甕の状況によって、入れ方や量や攪拌の仕方などが全部違う。

 そんな事をして寝ましたら、今朝は9時まで寝てしまいました。

 朝起きて、藍甕の状況を見たら、元気が戻った!

 めでたしめでたしの朝です。

2015年12月 1日 (火)

ホームページ刷新!

 一大決心をして、休み時間と夜にパソコンを開き、ホームページを思い切って刷新してみました。

 気がつくと、このブログよりもアクセス数が多い物ですから、こりゃあかんと思いまして。

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 私は誰がなんと云おうとアナログ人間で、パソコンのことなど全く分かりませんが、幸いなことにキーボードがたたけます。ワープロで鍛えられ、それで企画書やら台本やらを書いて暮らしていた時があるのです。

 一念発起してホームページを立ち上げましたが、丸々半年かかって作りました。

 作ったのは良いけれど、それをインターネットにアップする方法が分からない。

 レンタルサーバーというのと契約したのは良いけれど、FTTPサーバーがどうだなんだと云っているけれど、さっぱり分からず、いじっている内にアップできちゃった。

  

 それから何年か、どうしてネット上にアップできたかも分からずにやっている内に、今ではなんとか、仕組みの初歩くらいは分かるようになりました。

 ですから、デザインがどうだと云われても、なーーーんにもわかりませんから、これで良しとします。

 

 スマホ対応にも出来ました。

 なんと、ソフトのボタン一つだった。

 

 是非ともご笑覧いただきたい。

 そして、ご指摘あればしていただき、もうちっと良い物にもしたい気はあります。

 これからは頻繁に情報を入れて行くつもりです。

 今のところは(笑)

2015年11月30日 (月)

私の藍建てと藍染は・・・

 今年も終わりますが、様々な人達が紺邑を訪れてくださっています。

 奄美大島から来た若者は、日本中の紺屋(藍染屋)を回って紺邑に来た。

 彼から紺邑の話しを聞いて、大阪から藍染の作家もいらっしゃった。 

 静岡からは、藍染を12年やっているという人。

 大阪から、藍染をしようとする若者。

 熊本からは、工房を構え、藍染もはじめている若者たち。

 東京、新潟、埼玉、千葉、宮崎、広島、長野、愛知、群馬、茨城、神奈川、もちろん栃木県内から。

 

 皆さん、藍染をなさっているか、これからなさろうとしているかという方々。

 彼らから話を聞くと、私は一般の藍染と随分違うことをやっているし言っているらしい。

 

 例えば、藍染に匂いが無いこと。
 
 染液が泡立っていないこと。
 
 色落ちが問題になっていないこと。
 
 色移りが無いこと。

 ウールを綿を染めるように染めていること。
 
 すくもと灰汁だけで藍を建てていること。
 
 撹拌は空気を入れないように優しくすること。
 
 染物は毎回洗い、干すこと。

 などなど・・・

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 そういえば、徳島からいらした方は、工房に入るなり不思議そうな顔をなさった。
 
 工房に匂いがないからでしょう。
 
 そして染液を見て、「これ、建っていないね」とおっしゃった。つまり、藍の色が無いと。
 
 表面が泡立っていないからでしょう。

 そういう藍染の専門家がもう一人いらっしゃいました。

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 私の藍染は変わりませんが、世の中では極々少数派なのだと思い知らされた年でもあります。

 そして、伝える努力が始まるわけです。
 

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