今回の旅の目的の一つは、「早池峰神楽」を見ることでした。
私は普段から、「日本人は戦後、神々を疎かにしてきた」なんて生意気を言っておりますが、そのくせ神楽を知らなかった。
いつぞやNHKの「鶴瓶の家族に乾杯」で、広島県安芸高田市の神楽が紹介されて、神楽のすばらしさを確認。
日本の神楽を代表するような「早池峰神楽」とはどのようなものか、興味津々行って参りました。
早池峰神楽とは、「岳神楽(たけかぐら)」と「大償神楽(おおつぐない)」の二つの神楽座の総称です。
今回は、「大償神楽」の単独公演。
「災害復興支援神楽の日」とありますが、毎月開かれているそうな。
開演が11:00でしたので、午後1時くらいには終わるのだろうと思っていたら、なんとプログラムでは、閉演が午後3時頃となっている。
大槌でセーブイワテのイベントを手伝っている高橋隊長と中澤隊員とは、「2時過ぎに大槌町で会いましょう」なんて事になっていましたが無理なので、この日の大槌行きはあきらめました。
さて開演。
なるほど、幕が張ってあるけれど開くわけではなく、幕を掻き揚げて演者が登場してくる。
撮影禁止だから、お見せ出来ないのが残念ですが、その時の足の仕草が、何かを表現している。
それを見るのに適した場所に、我々は座ることが出来たわけだ。
私は舞は解らないけれど、音とリズムには多少なりとも敏感に生きてきた。
驚いたのは太鼓。
何とも云えない響きとリズムに、聞き惚れてしまいました。
演目が四つ終わって昼休みをはさみ、午後の部が開演。
今度の太鼓の音が、まるっきり違う。
見ると、たたいている方が替わっていました。
どうにもこうにも、リズムの乱れが気になってしょうがない。
舞は素晴らしいのは解るけれど、そちらが気になってどうにも眠気さえ襲うしまつ。
ところが、「狐とり」という狂言の段になると、この太鼓の人が味なセリフを語る。やはり、役割はあるのだなと思いましたね。
狂言で笑い転げた後、「天照五穀(あまてらすごこく)」という演目が始まった。日本の農業の始まりの物語です。
四人の舞い手が出て来たのですが、その中のお一人の所作が全く違う。
太鼓のリズムも気にならないどころか、その乱れさえも舞が吸収してしまっている。
音も舞いも一体となった舞台となり、私は引きつけられてしまいました。
そして、最後の「権現舞(ごんげんまい)」が始まった。
獅子頭に神を移して、神楽の最後に必ず行われる舞い。権現とは神の仮の姿であり、その霊験によって悪魔調伏、無病息災、五穀豊穣など、あらゆる災いを退散・調伏させ、人々の安泰を祈祷するという舞いです。
舞い始めた方を見ると、午前の部で太鼓を叩き、「天照五穀」で私が引きつけられてしまった方でした。
見ている内に、不思議なことに私の目から大粒の涙があふれ出てきて止まらなくなった。私がボロボロと泣いている。
感動とも違う、不思議な体験をさせていただきました。
終わりに、権現様の体内くぐりと云うものもさせていただき、私は生まれ変わった。と云うことになるのだそうです。
この舞い手は佐々木さんという方で、御歳80歳。
矍鑠たるなんて言葉さえ当てはまらない程の、舞と太鼓でした。文字通り、神技というものでしょう。
帰り際に表にいると、その佐々木さんがいらしてご挨拶させていただきました。
お会いすればやはりご老人ですが、来年、足利市と佐野市で神楽を演じていただくことになりそうなので、その会場である鑁阿寺が足利氏ゆかりのお寺であり、佐野には坂上田村麻呂の話がある旨をお伝えすると、「これはご縁ですなぁ」と。私が涙した話しをすると「やはり、魂ということでしょう」とおっしゃった。
来年の5月の終わりか6月の初め、足利市と佐野市で「早池峰神楽」公演を企画しております。
私も、心して関わり合わねばなりません。
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