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    藍染を始める方。藍染をなさりたい方もお訪ねください。藍に関する資材とノウハウを提供します。 藍染の製品もあります。 その他にも、沢山そろえて行きます。

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日記・コラム・つぶやき

2017年5月27日 (土)

コーヒーと食べ物のお話し

 手術以来、酒とともにコーヒーも控えておりました。そうしましたら先生曰く「もちろん、飲んでいいですよ!」ですって。これでまた、気楽になっちゃった。

 食べ物も、高タンパク低カロリーのものなんぞと言われていましたが、「なんでも食べることです。そして少し歩いたりして、体力をつけてください」と。

 病院を後にして、新宿高島屋のレストラン街に入り、とんかつ屋で定食をいただいた(2/3くらい食べました)。その後喫茶店でコーヒーを一口。美味かったなぁ。

 今は、毎朝コーヒーをいただいています。

 少し、人間らしくなってきました(笑)

2017年5月26日 (金)

お酒の話し

 私が具合が悪くなったのが4月6日で、7日におなかを手術。それ以来、まったくお酒を飲んでいません。

 私のは少し変わった病気で、その権威が東京にいるので、今日、診てもらいに行ってきました。もちろん、私の執刀医の紹介です。

 お話を聞いて、実にすっきりしましたが、最大の収穫はお酒を飲んで良いということ。

 「一杯二杯ではなくて、どんどんお飲みなさい」なんておっしゃる。もちろん、飲みすぎはいけませんが、こんな心強い言葉はありません。

 帰ってまいりまして、今、ワインを一口やったところ。

 鹿児島からは焼酎も届いていますんで、こいつもちびりちびりとやっつけることにします。

 ありがたやありがたや。

2016年6月25日 (土)

理想のラーメンと餃子

 「味覚は記憶だ」と云ったのは開高健。子供のころに味わったものを、追い求めているのだと。

 だから、グルメなどというが、それは子供のころからコックが家にいたような人が食について語ることが出来るのだと。例えば文壇でいえば、吉田健一のような人だと。

 さて、私と云えばただの田舎者。

 魚は塩にまみれた鮭かサンマの開き。肉はたたきにたたいて薄っぺらくしたトンカツ。すき焼きは鶏肉とキンカン。しかし、みんな美味かった。

 野菜は地どり。鶏肉も地鶏。鶏卵は毎朝鶏小屋からとってくる超新鮮もの。

 金は掛かっていないけれど、美味いものだらけだった。

 

 ラーメンも例外ではなく、記憶を追い求めている。理想がある。

 これがそのお姿。

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 少し黒目のスープに、チャーシュー、シナ竹、ナルトにほうれん草に葱。

 お味も、記憶を思い起こさせる。

 

 餃子は如何に。

 その昔、餃子が日本で初めて流行った55年ほど前、お隣の桐生市に餃子専門店が出来た。小学校では、餃子の食し方で議論になったほど。

 その時のお味が記憶。

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 この餃子がそれに近い。

 これを食するのが最近の夢で、昨日、行って参りました。

 以前にも書いたけれど、足利は泰鵬本店。

 大満足でした。

2016年6月22日 (水)

山の中のお好み焼き屋さん

 今日、お昼を食べに、例のお好み焼き屋さんへ大人8人で行ってきました。

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 貸し切り状態ですから、遠慮なく騒いできましたが、おかみは面白い。

 情報公開のお許しを頂きましたので、お電話してから行ってみてください。

お好み焼き 誠風

℡0283-65-1778

地図はこちら




2016年6月17日 (金)

栃木市のパン屋さん

 家内は東京生まれの東京育ち。

 パンが大好きで、特にライブレッドに目がないのだけれど、栃木に来てから美味しいものに出合えなくて嘆いておりました。

 栃木市で行われた麻の展示会に行ったついでに、パン屋さんにも寄って久々においしいパンを買ってきました。

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 なんとも味わいのあるお店だけれど、その昔は予約しか受け付けていませんでしたが、最近は、買えるようになりました。

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 品切れ次第終了ですが、この日は幸いなことに少し残っていました。

 全部頂いて帰りましたが、ここのパンをランチにいただきたいけれど、栃木市だから遠い。

 

 天然酵母パンの上に、薪を使って石窯で焼き、その灰は私が藍染に使っています。

 同じ醗酵の世界ですから、ご主人は話を始めると止まりません。

 栃木駅の南です。

2016年6月13日 (月)

麻の古布の展示会

 日本の麻は、栃木県が主な産地。何度も書くようだけれど、ほぼ90%を占めています。

 その昔は栃木市から舟で出荷されていたようで、その代表的な問屋が「横山記念館」として栃木市に残されています。

 そこで、麻布の展示会が開かれ、私の染めた大麻布の古布も展示されました。

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 大麻というと、その薬効効果だとか精神性だとか喧しいですが、人間世界では古くから実用されてきたもの。つまり、布にして着、紐にして使ってきた。

 そこには「なぜ麻を使うか」という、本質的な意味があったはず。現在の喧しい議論は、そこから目を背けさせると私は思うようになってきました。

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 「大麻取締法」が問題とされる。

 確かに、その通りでしょうが、それでも大麻と親しむ方法はある。

 使えるように、手間暇を惜しまず努力すればよい。それは、今できる事。

 それを惜しんだ議論ばかりと感じるようになりましたが、それは藍染も同じです。

2016年6月11日 (土)

大麻(おおあさ)のこと 苧麻(ちょま)のこと

 日本人が古来から使ってきた布は、主に麻。それも大麻。

 育て、糸にし、織り、着ていた。又は、紐にして使ってきた。

 いつしかそれも途絶え、今や日本に、麻糸がありません。だから、麻の布もない。

 世の中では、それは「大麻取締法」があるからだと云いますが、私もそう思っていましたが、どうも、その理由は正藍が日本にわずかしかない理由と同じだと思うようになりました。

 つまり、日本人が、面倒なことよりも簡単なことを選んでしまったのではないかと。

 その辺りは、これから麻糸と親しくなりながら、語っていきたいと思います。

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 そんな折、私の染めた麻の着物を取りに、那須の大麻博物館の方々がいらっしゃいました。栃木市の麻問屋だった横山郷土館で開催される、麻の古布の展示会でお使いになるためです。

 毎回、麻について教えてくださる。

 ふと館長が、「苧麻を栽培しているのですか?」とお尋ねになった。

 何のことかと思ったら、庭に生えている雑草が苧麻なんだそうです。

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 これが、いわゆる上布になる。例えば「宮古上布」のように。

 その話に藍染をしていた草木染の先生が入って来て、「ね!苧麻ですよね。なんで生えているのかと思っていました」とおっしゃる。

 先生は、宮古出身で、母上は宮古上布を織っていらしたから、苧麻とは親しかったのです。

 調べると苧麻は、閑馬だけではなく、隣の沢にも群生しています。

 苧麻は高級品だけれど風の影響を受ける。それを和らげるために、畑の周りに背の高くなる大麻を植えていたのだそうです。

 大麻と苧麻は、深く関係していたらしい。

 
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 さて、これをどう生かしましょうか?

 

2016年6月10日 (金)

草木染の先生

 ここでいう「先生」とは、愛称のようなもので、この間の講習会で学んだ生徒でもあります。しかし、本当に草木染の専門家で手織りもなさる。作品は、民芸館に展示されます。

 さて、藍染だけは苦しんで来た。藍染の専門家に絹糸を染めてもらい、機織りをしてきたのですが、作品は出来る。しかし、色が落ちて移るので、着ることが出来なかった。

 染め元に云うと、「襦袢を考えて着てください」というのだそうです。つまり、色落ちと色移りを前提に着物を着ろということ。

 そんな数十年の悩みを解決したいと思って、紺邑に入らしたといういわく因縁のある方です。

 最初は半信半疑。

 しかし、自分で藍建てをし、藍染をし、経験して実感して、ようやく色移りしない藍染に御納得なさった。

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 絹糸を一反分染めていかれました。二日間掛かったけれど、もう一度いらっしゃることになるかもしれません。

 この方には私も教わることが多い。例えば絹糸の精練の仕方や、染める根性のようなもの。とにかく、丁寧で執念を感じます。だから、出来上がりが素晴らしい。

 想像力もある。

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 ストールをこんな風に染めていかれました。

 面白いと思います。

2016年6月 7日 (火)

里山のお好み焼き屋さん

 近所の沢を奥に入って行き、細い道を分け入った突き当りに、お好み焼き屋さんがありました。

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 噂には聞いていたけれど、閉めたとばかり思っていました。

 中に入ると、普通にお好み焼き屋さん。

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 関東のお好み焼きは、自分で作る。

 味付けもお好みだから「お好み焼き」。

 一口頂いたら、これが複雑で絶妙なお味。

 そういうとおかみさんが、「お出汁がちがうの」とおっしゃった。

 もんじゃ焼きもいただいたけれど、これは東京の月島風。

 月島に修行に行って覚えてきたと言う本物。

 「夜来るときは、出来れば朝電話してね」と、予約しなきゃならないのが玉にきず。

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 数寄屋造りの凄いおうちが隠れています。中の作りも素晴らしい。

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 松枝玉記さんの作品があった。

 講習会の生徒たちを泊めてくださるというお話にもなりました。




2016年5月24日 (火)

お手伝い?弟子?

 近所に住んでいて、何かというと藍染をしに紺邑に来ていた若い女性がいました。見たところ、なかなかに素質がある。

 最近、結婚をしました。ご亭主と足利に住んでいます。

 専業主婦になったので、紺邑に自由に来られるようになった。そして、細かな手伝いをしてくれています。

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 そのうち、藍建ても藍染も出来るようになるでしょう。ご主人も「応援します!」と言ってくださっている。 

 足利市名草町では藍草の栽培も始まっていますから、足利の正藍染が復活するかもしれません。そもそもこの地域の藍染といえば、父の工房があった足利ですから。

 
 
 

 藍染の世界で一番難しいのは、染液の維持管理です。染液が出来たとしても、それを維持するのが難しくて薬品に頼ってしまっては元も子もありません。

 この人は、私が甕の手入れをしている時に工房に来る。そして、手伝う。

 昨日は、比較的新しく建てた甕が疲れて色が出なくなって、根本的な手入れをしているところに来た。

 一人でするのは大変な作業なんですが、手伝ってくれた。

 この手伝いは、もし藍染をするようになったとき、ものすごい力となることでしょう。

 運がいいとしか思えません。

 
 

 染液の手入れは、結果が直ぐには出ません。待たなくてはならない。

 待てない人は思い悩み、薬品に頼ることになる。

 何を使って手入れをするかというと、基本的には灰汁です。

 
 
  

 今朝、状態を見て見ると、見事に復活。

 これから、ますます良い状態に戻ってくれることでしょうが、醗酵は、そういうところでも面白い。

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