フォト

紺邑のホームページ

  • 紺邑のホームページ
    職人の手づくりのホームページです。 紺邑について、藍染めについての情報は、こちらをご覧ください。

ネットショップ

  • G.i-Japan
    藍染を始める方。藍染をなさりたい方もお訪ねください。藍に関する資材とノウハウを提供します。 藍染の製品もあります。 その他にも、沢山そろえて行きます。

他のアカウント

藍染め

2020年3月20日 (金)

藍草の発芽

 現在藍草は、苗を育ててから定植させます。地蒔きよりも安定して育ちますし、収穫も望めますし、良い藍草に育ちますから。

 そこで問題となるのは、発芽率です。種を蒔いても発芽しなければ定植も収穫も出来ません。

 発芽率をよくするのも、土作り。それだけではありません。色々やる。それこそ、農家の腕。
 もちろん、化学肥料だの農薬を使っては元も子もありませんから、そんなことをしないで色々やる。

 発芽率は、ほぼ100%が目標だし、そうならなければウソです。それだけなく、勢いの良い、しっかりとした苗づくりもできる。そう言う苗で作る藍草は、優れた良い藍草になる。良い藍草で作った蒅は、良い蒅になる。

 写真を見ていただきたい。

Photo_20200320122501 Photo_20200320122502

 ある藍農家が作った今年の苗。勢いが良くて見るからにしっかりしているのが、色々やった苗。弱弱しいのが、やらなかった苗。

 これを無農薬で化学肥料も使わずに育てるわけですが、種をまけばいいってもんじゃない事は分かる。色々やるんです。

 この「色々やる」ことを、江戸時代の二宮尊徳は「人道」と云いました。だから、自然に任せた農法などは、人がやる限り存在しません。そういう農法があったとしても、ちょいと飢饉が来れば作物が出来ないだけの事です。その話は、またいつかしましょう。

2020年3月16日 (月)

良い蒅とは

 某地方の蒅(すくも)の質の低下を嘆く知らせが、全国から入ってきている。大ベテランの本建てをしている染め師からも、「色が出ないし、色が直ぐになくなる」と嘆きの報告があった。「藍サミット」なんてやっている場合では無い。根本を考えないと何とか藍はダメになるぞ!と、私は云いたいが、誰も声を出さない。それには理由がある。

  良い蒅とは何か?

 醗酵が良く、藍分(らんぶん・蒅に含まれる藍の量)が多く、色が青味に優れて良く、長持ちをする蒅が良い蒅。 

 良い蒅作りの最初の条件は、良質な藍草を作る事。その為には土作りが肝心。土作りは一朝一夕にできるものではない。育てる藍草の特性を知り、畑の土と親しく接しなければできないものだ。だから、藍農家という専門家が必要なのだ。それが昨今、激減している。
 
Img_0669-2015_11_28-12_04_14-utc
我が家の藍畑
 
 藍草を育てるだけなら、難しいことはない。野菜を作っているある人に言わせると「容易」の範疇だそうだ。だから、誰でも育てられる。ネットを見ても、藍草を育てているという人は多い。
 
 
 しかし、良い蒅にするには、育てれば良いというものではない。ここが、藍農家が減り、藍草が手に入り難くなっている今、「蒅が出来れば良い」という考えの藍師には分からなくなっているようだ。だから、藍農家を大切にせず、やめられたらその辺りの専門ではない農家に依頼して藍草を作ってもらう事になる。 
 
 某地方では、高校生が藍草を栽培し、蒅作りをしている。そんな蒅は、プロの使用に耐えない。だから長い間、専門家たちが必死に良い蒅を作ろうとしてきた。
 
 先ずは、高校生にできる、専門の藍農家でなくてもできるという意識を捨てなければ、某地方の蒅の質は上がることはないだろう。そんな意識があるから、藍農家を大切にせず、専門家ではない農家に依頼して質の悪い藍草を作る事になるのだ。そんな藍草で、質の良い蒅など出来る訳もない。
 
 次に、蒅の作り方がある。それは、葉の乾燥のさせ方、茎と葉に分ける作業、藍こなし、水打ち、切り返し、寝かせ方などだ。それらの一つにも手を抜けば、良い蒅は出来ない。それは、結果に現れる。
 
Dsc_0036_1
講習生たちの蒅作り見学
 
 結果を知るのは、藍師ではない。染め師、紺屋だ。つまり、我々だ。良い蒅かそうでない蒅かの判断は、我々染め師・紺屋がするもの。だから、上記したような嘆きの報告が私に入ることになる。では、何故その嘆きが藍師に届かないかと云えば、染め師や紺屋が、藍師に何も語らないからだ。何故語らないか。ここに、難しい問題がある。

 今、日本中で蒅作りが始まっている。少なくとも私に関係している藍師たちは、良い蒅を作ろとしている。
 土作りからの成果が、そのうち出てくることだろうが、某地方の方々、是非、基本に帰っていただきたい。そして、良い蒅を作っていただきたい。こころからそう思うが、手抜きを覚えると、元に帰れない事も私は知っている。
 
 ある農家は、「一度辞めたら農家は戻らないよ」と語った。問題は深いのだ。

2020年3月 8日 (日)

春の藍建て講習参加者募集

 講習会の第一回目から、ゴールデンウィークに開催することにしています。春はずっと続けたいと思います。
 参加ご希望の方、お考え下さい。(3月15日現在、キャンセル待ちとなっています)

期 間:令和2年5月2日(土)から5月9日(土)の8日間。
時 間:午前10時~午後5時まで
費 用:1人176,000円(税・材料費込み)
内 容:藍の本建てに関すること全て。染め液の維持管理方法。正藍染の染め方の基本。
人 数:6~7名(宿泊可能人数による)

参加資格:八日間、全てに出席できる方に限ります。 経験、性別、年齢は問いません。 講習生の中には、藍建てを全く知らない人から数十年の経験を持つ染め師もいます。どなたにも平等にお伝えしますが、心から本建てを学びたい人に限ります。

申込先:下記メールアドレスにお名前、住所、電話番号、性別を添えて「参加希望」と送信してください。 お込み先等の案内メールを送ります。入金確認後、参加確定とさせて頂き、当日の集合時刻、持ち物など、詳細の案内を改めてお知らせします。
    
     honzome@kon-yu.jp

宿 泊:民泊の用意もあります。
    ほとんどの皆さんが民泊を利用されています。合宿のようですが、好評です。    

食 事:ご自分で用意してください。コンビニと食堂はあります。 民泊の方々は、自炊して次の日のお昼も作っていらっしゃいます。

http://www.kon-yu.jp/course.html

_1_20200308134301

2020年2月29日 (土)

第二次冬の藍建て講習会

 令和2年2月22日から29日まで、冬の藍建て講習会が行われました。

 今回は、カナダからわざわざこの講習会の為にいらした方を含め、京都、滋賀、石川、富山、岩手から講習生が来工。冬と銘打っていましたが、期間中暖かく、5日で藍が建ち、足利の二期生齋藤さんが「上手く行き過ぎ」という位上手くいきました。

Photo_20200305141101 Photo_20200305141201
灰汁の作り方を覚えています。
透き通った濁りの無い灰汁を取ります。
これによって、美しい青い藍染めが染まる。

_1
藍師の所で蒅作り見学と体験

Photo_20200305141202 Photo_20200305141204
5日目で染め液から藍が出ています。
もちろん、蒅と灰汁だけです。

Photo_20200305141203
嵩上げの終わった染め液。
藍の華はありません。
匂いもほとんどしなくなりました。

 第二次は、維持管理方法についても深く詳しくお伝えしていますので、覚えるのも大変でしょうが、これから実践する中で消化していただければと思います。

 皆さん、お疲れさまでした。

2019年11月27日 (水)

分かった!っと思うこと

 将棋指しは天才の集まりだけれど、その中でも特に優れた天才だけが名人に成れるそうです。
 十段、王位、棋王、棋聖、王将などのタイトルを数多く取った米長邦雄は、名人位だけはライバルといわれた中原誠に何度挑戦しても取れず、研鑽に研鑽を重ねて49歳11カ月と云う最年長で名人位を獲得しました。

 中原と米長の先輩で、彼らをかわいがり育てた芹沢博文もまた、名人になるだろうといわれた大天才の一人でした。24歳でA級八段となり、当時は負ける気がしなかったと云います。

 ところが突然勝てなくなった。A級も二年で降格。もちろん、名人にもなれなかった。
 そのあたりを作家の山口瞳は「血涙十番勝負」の中で、「将棋がわかったと思ったとたんに勝てなくなった」と芹沢は云ったと書いています。

Photo_20191127132801

《その芹沢博文が、あるとき、激しく泣いた。
 芹沢が屋台のオデン屋で飲んでいて、急に涙があふれてきたというのである。
 そのとき、芹沢は、突如として、「ああ、俺は、名人にはなれないんだな」という思いがこみあげてきたのだそうだ。》

 中原は、芹沢に稽古をつけてもらって強くなり、大名人となった。米長は、芹沢に将棋のさし方を指摘されて強くなり、数多くのタイトルを取り、ついに名人となった。彼ら二人は、将棋を探求した。
 しかし、わかったと思った芹沢はついに名人なれず、「八段の上 九段の下」で終わった。

8jyou9ge

 この「わかった」は、芸事全てに通じるように私は思います。

 藍染も、「わかった」と思ったとたんに、そこで止まる。藍建ても、染液の維持管理も、藍染も、迷路に迷い込むようにわからなくなる。
 だから、わかる藍染の世界、答えのある藍染の世界に行かなければならなくなる。つまりは薬品に頼る。
 染の色合いも、追求しなくなるから深みが無いものになる。黒く汚い色でも、「これが藍染だ」と自分で納得してしまう。

 芹沢のような大天才でもそうなのですから、我々大凡人は、よくよく気をつけなければならないと私は思います。

 私に何を習っても、わかったと思ったとたんに藍がわからなくなるという教訓も、伝えなければならないと思っています。

2015年11月26日

2019年9月25日 (水)

【天日干し】日傘用シルク生地の藍染。

 日傘は天日に当てるものだから、天日に強い藍染でなくてはならない。その為には染めては洗い、洗っては天日干しを何度も繰り返す。一日に二回染められれば良し。お天道様が出ていなければ染仕事は出来ない。だから、染め上がるまで、相当な日数を必要とする。

293310_178431232235480_1111771277_n
2011年9月25日午前7時ころに撮った写真。
日傘用シルクの広幅を一枚6m。
《干し終わりました。
乾いたらまた洗い、干して、ひょっとするとまた洗い、干して仕上げ。
何とか今日中に終わらせたいが、お天気しだいだな。》
そう、私は書いている。

 こんな藍染めを馬鹿正直にしていると、注文主は染め上がりを待てないことが起こる。「いつできるのだ?納期はどうだ」と言ってくる。

 藍染の暖簾を注文した人が、三年経っても染め上がらないので「あの藍染はどうなっているのでしょうか?」と染め師に尋ねたら、「なんだい、急ぎか?じゃあ、出来ないよ」と突っ返されたという逸話を以前書いたけれど、本当は藍染は、そんなものなのだ。そのくらい、時間と手間をかけて染めたいものなのだ。

 その後で、「仕上げ」というものが待っている。

 先日工房に入らした、藍染の本場を自称する地方の藍染の染め師に、天日干しの話をしたらご存じなかった。藍染は陰干しと思い込んでいた。
 「仕上げ」の話をしたら、これも御存じない。藍染めでは肝心要な作業だから、伝統の世界では仕上げは当たり前の作業。しかし、本場と云われる地方には、伝統が伝わっていないから知らない。

 写真を撮ったこの日も、お日様が顔を出す朝一番に洗って干した。
 私に体力と気力があった、八年前のお話し。

Dscf0118
今日(令和元年9月25日)染めているタオルたち。
前列の浅葱は、下染の段階。
四国から頂いた注文の染め。
綿だけれど、当然、下染の段階から天日干し。
中断の青味を、縹色という。

2019年9月 6日 (金)

弟子 素直さ

 今の時代、弟子とは何かといわれれば議論があるだろうけれど、弟子が先生を認め、先生がその人を弟子とすれば弟子だという事にしてのお話し。

 私の歌の先生は、ティーブ釜萢先生かまやつひろしさんの父上
 二世の先生は戦前、歌手として来日。そのまま日本で戦争にも行った。だから日本語よりも英語の方が達者だった。もちろん、日本語が不自由などと云う事はありませんでしたが、本場もんの歌い手です。
 
 最初は私を弟子ともしてくれず、会う度に説教されて、私達は首を垂れるのみで、先生の説教が首の上を飛び回り、終わるのを辛抱強く待っていた位なもの。それは激しい言葉だった。

Img_20190727_0003
右がティーブ釜萢先生。左が私。
青山墓地前にあったレストランで。

 「私達」と書いたけれど、先生には生徒が沢山いた。そんな中で、最後には少し認めてくださったか、たぶん先生最後の飲み友達の様になり、毎晩のように大酒を一緒に飲み、語り合い、弟子となれたような気がします。

 先生の数多い生徒の中で、歌でお金を取れたのは何人かに過ぎません。私とM田とM田とA田とA、思いつくだけでもそのくらいか。それほどに、お金を取るのは難しい世界なのかもしれない。後の人達は、ジャズボーカルが好きで趣味で良いという人達で、まあ、心の底では「いつかジャズボーカリスト」と思っていたにせよです。

Img_20190727_0004_0001_2
私の最初の宣材。
主に米軍用。
私の十代の終わり。
半世紀も前。

 何故私が弟子になれたかと云えば、自分で云うのはおこがましいけれど、教えに素直だったからとは言えると思う。私にとって、先生は絶対の存在だった。そして、米軍キャンプで歌ったりなんだりと、歌を生業にしたという実績があったからかな。
 
 歌に関して、絶対的存在である先生の言葉と歌を、私は漏らさず聞いて、教えを忠実に守り、真似るべきは真似てきた。それが、この世界で、オーディエンスにもミュージシャンたちにも、無名なのに少し認められる存在になれた所以だと思っている(先生は本物だった。日本には当時、ボーカルで本物と云える歌い手は先生だけ。先生との出逢いこそ、私の人生の最大・最良の出来事だった)。

 この「素直」というのが弟子にとって一番大切な事だと、今、先生とか師匠と云われる立場となった私の、歌と藍染の人生を振り返って思うこと。そして真似るとは「學(まねぶ)」ことだという世阿弥の言葉が理解でき、見習う事の大切さもその分けも、語ることが出来るようになった。

 私の生徒を見ても、素直である事の大切さはつくづくと思う。だからいつも「素直が一番」だと語っている。これは、生徒や弟子に限らない。

 四十年以上藍染めをしている先生(大学で教えているから本当に先生)が、私の所に来た。ご自分では伝統の藍染をなさているつもりで四十年過ぎた。染めて来たものは、芸術的な鑑賞するもの。
 どういうわけか、私と同じものを染めることになり、間に入った人が、私とその方の藍染の染色堅牢度を調べた。結果、私の藍染は全ての基準を満たし、この先生の藍染は、色落ちと色移りなどに問題があった。そこで、何故なんだろう?と訳を知りたくて私の所に来た。その先生は「私以外の藍染をなさる人に会うのは初めてです」とおっしゃる。これにはどうも、恐縮をしました。

 「何故なんだろう?」というのは、私も思ったこと。だから、その方の藍建てと藍染の方法をお聞きしたが、どうもはっきりしない。専門家同士の言葉には、経験という裏付けがあるから、言わなくても分かることや共感があるはずなのだけれど、この方の話の内容にそれが感じられないところがある。つまり、本当のことを私に語っていない。だから、私も本当のことが語れない。語ろうとしても、私の言葉がその方の前にできた壁のようなものに跳ね返される。つまり、その方に私の言葉が入って行かない。
 色落ちがして色移りがする理由と、色落ちが無く色移りしない染め液の作り方と染め方なら、私は語れる。しかし、この先生がそれを私に語らせないのだ。

 最後に私はその方に、「先生、素直が一番ですよ」と申し上げた。しかし、この先生は本当のことを最後まで私に語らなかった。だから私も、本当のことを語れなかった。私はこの方に学ぶことはなかった。だからどうでもよいことだけれど、この方にとっては、藍染をより深く掘り下げる機会を逸したと言えると思う。

 素直が一番。
 

2019年8月31日 (土)

動画 本染め

 《強い藍染にするには下染が肝心です。》と下染の動画の所に書きました。下染して定着させた藍に藍を重ねることによって、染の強さと美しさが増すからです。斑の無い染めにするのも下染あっての事だし、薄い色の藍染も回数が必要なのはその為。

 下染が終わったら、本染めに入ります。

 本染めは下染ほど気を使わなくて済みますが、これで、色の濃さを決める。たとえ水色のような薄い青であっても、下染も本染めもあるのです。

 今回は、少し濃いめに染めたようですが、どうも、もっと濃くするらしい。

 この動画をよく見ていただければ、濃くなっても、洗った水に色落ちはありません。下染がしっかりしているからです。

 染めが終わった後、何もせずにふたを閉めていますが、攪拌するようなことはめったにありません。そして見ていただきたいのは、終わった後の染め液の表面の様子。泡一つない。丁寧に染めた証です。

 良い動画だと思います。

55

2019年8月30日 (金)

正藍の藍染め

 正藍染は色移りしませんから、色移りする藍染とは、染め方の基本、考え方が違います。

 私の「藍建て講習会」では、正藍染の染め方の基本も伝えていますが、入れて出すだけの藍染に比べれば、ちと面倒かもしれません。手間が掛るから廃れたという一面もあるでしょう。
 しかし、道具を一切使わないで柄が出るという面白い面もありますし、それが、複雑で変わったものにもなる。

 私のホームページの体験ページに、バンダナを藍染めした写真があります。これらは一切道具を使わないで柄出ししています。板も糸も輪ゴムも箸も使いません。手だけです。

Numai2_20190830085201
全て道具を使わないで柄出しをしています。
一番右の柄を見て「絞りね」という人がいます。
よく見ていただきたい。
絞ってはいません。

 これを見た講習会卒業生が、枕カバーをその方法で染めたいと、工房まで来ました。写真右から二番目の柄が良いという。

 さて、どうやって出したか覚えていません(;^ω^)。多分こうだろうとやってみたら、たぶん、その通りだったようです。何せ私は、もの凄く多くの柄出しパターンを持っているのです(言い訳😢)。

Dscf0110

 疲れて部屋で休んでいたら、染め場から「出来たよ」と、染めた枕カバーを持ってきた。見たら、しっかり柄が出ています。

Dscf0102
ハンカチとバンダナは、薄地の綿ですから染めやすい。
枕カバーは、それらよりは難しいと思うけれど、よくやりました。
もちろん、手だけの染め。
その分、手が真っ青だ。
板で絞めたきっちりした柄出しも良いけれど、こういう複雑ながらも良いと私は思う。

 手だけです。板も何も使っていません。染め方はある。それを知ると、色移りする藍染めをしている人は、びっくりするでしょう。多分、柄は無くなり、無地になります。

 宮内さん、よくやりました(^O^)/

2019年8月27日 (火)

ホームページと藍建て講習会参加者募集のお知らせ

紺邑ホームページ に手を入れ始めました。

よくお読みいただくと、内容が変わっているのがお分かりと思います(笑)

「藍建て講習会」も、久々にアップしました。

しばらく公募しておりませんでしたので、ご興味ある方はご覧ください。

54

より以前の記事一覧