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藍染め

2020年8月 2日 (日)

基礎(低⦅ひき⦆きところ)

【正藍の染め液の維持管理】

 訳け合って調べ物をしていて、某正藍染師の晩年に関する記事を読んだ。

 ある着物を仕立てる人が、藍染めの反物を頼まれた。その藍染は、手が青くならない。そんな藍染に初めて出逢ったのだそうな。それが、某正藍染師の染めたもの。
 その人は、そういう藍染めの存在に驚いて調べ、私にたどり着き、私の所に来て正藍染を習って帰って行った。

 藍の染め液の手入れは、微生物との対話。染め液には個性があるから、同じような手入れは無意味。それぞれに合ったやり方をしなければならない。しかし、することはシンプル。そもそも正藍は、藍建ても蒅と灰汁だけという、これ以上はないというシンプルなものなのだから。

 しかし、正藍を建てた事のない人には、維持管理方法は分からない。何故なら、微生物を相手にしていないからだ。
 この正藍染師は最晩年、染め液の調子が悪くなって悩み、あろうことかそういう人に相談してしまった。

 結局、相談相手が染め液に入れたのはハイドロサルファイト。色は出た。そしてその相談相手は「あとのお世話はいつもどおりでいいから」と語ったという。

 そんなわけがない。微生物を生き生きとさせて染まるようになったのならともかく、ハイドロ入れて無理やり還元させて色を出したのは、単に色を出しただけであって、微生物に全く関係が無いからだ。

 案の定、その染め液はまた染まらなくなった。正藍染師御年八十三歳の出来事らしい。

 引退は潔いに限る。年老いてから、改めて勉強したり勘を養ったりするのは諦めるべきだ。そう思わされたが、結局この正藍染師は、基本というべきものを持たなかったのだろう。

 それも人生だが、その正藍染師の育った時代と環境もあったに違いない。それは、彼のやっていたことが歴史に根差したものだったかどうかと言う問題と云っても良いかもしれない。賀茂真淵が古事記を読み解こうとした本居宣長に、「基礎(低きところ)を固めることこそが、高みに登る術だ」と語ったというが、その通りだと思い知らされた。基礎は歴史の中にある。

2020年7月 4日 (土)

古代布の事

《独創性とは起源に 戻ることである。》アントニオ・ガウディ

 古代布を今に生かそうとしたある人の藍染は、化学建てだった。古代布を生かすと言うなら、その技法も古代に倣わなければならない。それを間違えれば、嘘を伝えることになるのが何故解らないのかと私は思った。その人は亡くなった。
 
 大麻、藤布、しな布、葛布など、古代布と呼ばれるものは縄文時代からあった。その基本的な技法は、日本に連綿と続いていた。それを探ることが、古代布を今に生かそうとする事だと私は考えるが、今は、現代の技法をそれに当てはめようとするから違ったものになってしまう。一例として顕著なのは「灰汁」の使い方。
 
 古代布は、植物を繊維にする時に、古来から灰汁で炊いて硬い繊維を柔らかくして使えるようにしてきた。灰汁は強アルカリ性だ。だから今は、苛性ソーダなどを使う。これが「現代の技法を古代布に当てはめる」という事。結果、繊維の質が変わり、使い勝手が違ってしまう。人類が追い求めて来たものと違うものになる。古代布本来の感触を失うのだ。だから灰汁を使わなければならないが、そうしている人達は少ない。
 
 起源に戻ろうとすると、長い間人類が追い求めて来た感触に出会う。人類の知恵と対話できる。それを基にすることによって創造性が育まれる。
 
 アントニオ・ガウディはこう続けている。

世の中に新しい創造などない、あるのはただ発見である。
創造的たろうとして脇道にそれてはならない。
通常なされていることを観察し、それをよりよくしようと努力すればそれでよい。
 
 「基本的な技法は、日本に連綿と続いていた」と私は書き、その例として灰汁の使い方を書いたけれど、日本でも灰汁を使う古代布を扱う人たちもいる。いや、いたからこそ、技法が今に続いて来た。

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新潟県村上市山北地区で行われている「しな布」の繊維を灰汁で煮る「しな煮」。

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丹後の藤布づくりの「灰汁炊き」。

 このように、古代からの技法で古代布を作っている人たちが日本にいる。しかし、冒頭に書いたように、古代を謳い、現代の技法で古代布を扱っている人たちも多い。前者の藍染は正藍染を使うか藍染を扱わない。後者の人々は藍を扱い、その藍染は化学建て。なぜそうなるのかと言へば、現代の技法を古代布に当てはめようとするからだ。もう一つ言えば、現代の技法から古代布を見ているからだ。

 藍染めの世界も、灰汁を使うのは絶対だ。灰を扱っていると、縄文の人たちと会話をしているように思われる。それこそ、起源に戻ろうとすること。私はそう考え、生徒たちにも伝えている。

 

《(神の)「創造」は継続し、創造主は被造物(人間)を利用する。自然の法則に従い作品を作ろうとしてその法則を探求するものは創造主と協働する。模倣者は協働しない。それゆえ、独創性とは起源に戻ることである。》アントニオ・ガウディ

 ガウディのこの言葉に出会ったのは、半世紀も昔。その意味に気づいたのは、それから40年後。「私は晩生だ」と、いつぞや書いたことを思い出した。



2020年6月28日 (日)

紅花染めの事

 長く長く気になっていたこと、それが紅花染め。技術的な事ではない。今の紅花染めがどうして在るかということについて。

 私は若い頃、所用があって毎月の様に山形県に行っていた。滞在先で山形新聞を手に取り、そこで、米沢の元教師の鈴木さんという方が、紅花染めを復活なさったことを知った。「うちの親父の藍染のような人が居るんだなあ」と思った。だから、紅花染めは、米沢の鈴木さんなくして語れないはずなのに、今、鈴木さんのお名前と功績、歴史を語る人が居ないのはどういうわけなんだろうか?これが、気になっていたこと。

 私の周りに紅花染めをなさる方が増え、日本には昔から紅花染が伝わっていたかのようなので、彼らに鈴木さんのお話しをしようと思うけれど、上記したようなことくらいしかわからず、語る材料を持たなかった。

 意を決して、いや、暇を持て余して、いや、たまたま一人になったので、調べてみることにした。

 こんな文章があった。

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日本家政学会研究発表要旨集
第36回(1984) B被服 B109「江戸時代の紅花染について」
鈴木紅花研米沢紅花資料館 鈴木孝男

 これをお書きになった「鈴木紅花研究所」の鈴木孝男さんが、私の探していた鈴木さんに違いない。そう思った。そこで、ネットで「紅花 鈴木孝男」で検索すると、別の鈴木孝男さんが出て来て、紅花染めを復活なさった鈴木孝男さんがなかなか見つからない。ちょっと苦労をして探したのが家政学会のものだが、「これでは肝心の鈴木孝男さんの功績が分からなくなるな」と、余計なことも考えた。

 もう少し探してみたら、紅花染をなさっている方のブログに、鈴木孝男さんについての記述を見つけた。

 【「紅花染め教室」(1) 紅花うんちく】

 《私にとって、紅花といえば鈴木孝男の名が思いうかぶ。紅花を今日あらしめた人である。(今「鈴木孝男 紅花」で検索すると最初に全く別人が出てきて驚いた。河北町で紅花染めをやっている人で、私にとっての「鈴木孝男」とは同姓同名の別人。)今でこそ山形と言えば紅花だが、戦後ずっと紅花は忘れられた花だった。》

 どういう方が書いているのかわかりづらいブログですが、とても参考になったし面白かった。
 この中で、鈴木孝男さんの昭和50年代の自歴が紹介されています。ご興味ある方はご覧いただきたい。

 この方のブルグの次のページ「紅花染め教室」(2)には、《山形における紅花生産の役割は紅花餅出荷までで、実際の染めを行うのは京に届いてからのことだったが、その染めの技術もすっかり忘れられていた。それを苦心惨憺の末復活させたのが米沢の中学教師鈴木孝男(昭和2年生)だった。》という記述がある。おっしゃる通りだろう。

 長い間気になっていたことがようやく書けた。紅花染は、山形県米沢市の元中学校教員鈴木孝男さんが復活させたものだと。紅花染にしろ藍染にしろ、こういった人知れずの努力で、継承、または復活がなされたのだと。このブログの作者に、感謝。

 

 このブログはとても勉強になった。特に・・・

◎紅花の染め方
 紅花には、水に溶ける多量の黄色の色素(サフロールイエロー)と、水には溶けないがアルカリに溶ける少量の紅色の色素(カルタミン)の二つが含まれています。黄色の色素は絹には染まりますが、綿や麻などの植物繊維には染まりません。一方紅色の色素は両方に染めつきます。そのため絹を染めると、黄と紅の色素の案配でいろんな色が出ますが、綿や麻を染めるといわゆる紅色一色で、濃さの違いだけです。

 ようやく紅花染の一部が理解できた。

 因みに、鹿児島県にある「山形屋」という会社は、鹿児島に山形の人が紅花を売りに行って始めたのだとか。

 

2020年6月 7日 (日)

藍染の原料の薪づくり

 藍染の原料は、藍草の葉と木灰。 
 
 日本では室町時代辺り以降から、藍草の葉を天日で乾燥させたものを水を打って醗酵させた「蒅(すくも)」を使いだした。それ以前はどうだったかは想像は出来るけれど、それが何だったかを証明するものは無いが、蒅ではなかった理由は想像できる。日本列島が鎌倉・室町時代辺りに寒冷化したからだと。多分、平安時代は暖かかったのだろうと。だから、蒅にする必要が無かったのだろと。
 
 藍染や植物を原料とした染めの方法らしきものが書いてある最古の 文献は、10世紀半ばに表された「延喜式」の「縫殿寮雑染用度」。そこに、藍染や植物染めの事が書いてある。
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 例えば「深縹(ふかきはなだ・濃い紺色)」は《 綾一疋藍十圍薪六十斤 帛一疋藍十圍薪一百廿斤 絲一絇藍四圍薪卅斤 貲布一端乾藍二斗灰一斗薪卅斤》と書いてある。これらが、役所から染め手に渡る用度だったのだろうが、何をどう使うかは書いていない。それは、染める職人の仕事だったからだろうし、「餅は餅屋」だから、役人に分かろうはずもないから書けるはずもない。

 さて、この一文に「乾藍二斗」と書いてあって、それがいろいろ論議を呼んでいるのは置いておいて、その次に「灰一斗」と書いてある。では、何の灰かと云うと、種類はともかく、堅木の灰でなくてはならない事は分かる。なぜなら、堅木でないと染め液は出来ないからだ。
 
今でも灰は堅木の灰を使う。今日はその原料の薪づくりに汗をかいた。私ではない。ご近所の長島さんと家内。私は身ながら写真を撮った。体力が無いのだ。木が硬いから割るのも一苦労。だから、機械を使った。
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薪にする木はまだまだたくさんあって仕事は終わらないが、こんな量で藍の染め液が十分に出来るわけでもない。
 
 因みに藍染め以外の植物を原料とする染めは、古来色は灰の灰汁で出して来た。この場合の灰は、樹の種類によって出る色が違うから限定される。例えば「深緑」は、藍と苅安で出す。苅安で出す色を決めるのは、灰の灰汁。それは何か?というお話しは、随分前に書いた。

 延喜式には深綠綾一疋藍十圍苅安草大三斤灰二斗薪二百卌斤 帛一疋藍十圍苅安草大二斤灰一斗薪一百廿斤 絲一絇藍三圍苅安草大九兩薪六十斤 と書いてある。

2020年5月 3日 (日)

本建て正藍染

 「本建て」とは、本来の藍建ての事を言います。「藍建て」とは、藍染の染め液を作る事。

 草木染の山崎青樹さんは、《藍建てはむずかしいのである。古くからの手法による藍建ては、灰汁水のみを用いた方法で、それを地獄建てなどといっているが、その方法は困難なのである。(泰流社「正藍染」p24)》と書いていますが、この「灰汁水のみを用いた方法」が、私の藍建て方法です。これを「本建て」、または山崎さんの云うように「地獄建て」などと云います。

 何故難しいかというと、当たり前ですが簡単には建たないからです。蒅に灰汁を入れただけでは建ちません。
 何が必要かというと、心を込める事。それは文字では伝わり難い。だから私は、藍建て講習会をしているのです。

 条件もある。それは、良い水、良い灰⇒良い灰汁、良い蒅が必要です。その上に、それらを生かす方法を知らなければならない。

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【一番灰汁】
この透明で澄んだ灰汁が、美しい藍染の染まる染め液を作ります。その為には、良い水と良い灰が必要です。
 

 「灰汁醗酵建て」と簡単に表現する向きもある。その凡そは灰汁を使っているだけで、灰汁で建てているわけじゃない。だから私の知る限り、そういう藍建てをなさっている方々は、灰汁の使い方が大雑把でいい加減です。

 先日、「数少ない化学を使わない藍染職人」と云われているという某氏の藍建てをテレビで見たお客様が、「日本酒とか入れるんですか?」と私に質問なさって来た。もちろん、使いません。藍建てに、日本酒や石灰やふすまなど、灰汁以外の余計なものを入れると、建つけれど、それなりの結果しか出ません。それは、染めの美しさ、堅牢度などに如実に表れます。

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【手絞りの反物】
和泉木綿を手絞りして何度となく染め、青と紺のコントラストを出した綿の反物。
自分で染めて言うのもなんだけれ
ど、青みも紺みも美しい。

 「本建て」による藍染を「正藍染」と言います。正藍染とその他の藍染の違いは、色で直ぐに分かるけれど、色落ちや色移りや日焼けなどの堅牢度や染まるものにも表れる。

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【ウールの藍染】
強アルカリ性の染め液に入れてウールが染まるのは、本建て正藍染の一つの特徴です。
良く
見ると、濃紺の奥に、紫がみえるのもまた、正藍染。

 私の本建て正藍染を受け継ぐ人たちが国の内外に広がっています。是非、その美しさと強さに触れてみてくださいませ。

2020年4月29日 (水)

薬草染め

 藍染めは古くから「薬草染め」と言われてきました。何故かと言えば、藍草が薬草だったという当たり前の理由からです。

 日本でも売っていますが、「板藍根(ばんらんこん)」という漢方薬があります。読んで字のごとく、藍草の根から取った生薬の事です。

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 板藍根は、インフルエンザなどのウイルス性の流行り病に良いとされています。

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 中国でSARSが流行った時、売り切れて手に入り難くなった聞いています。またぞろ新型コロナウイルス騒動で、板藍根は品切れの様子。

 ではどのくらい効くのか?というと、漢方の先生によれば、ホームランというほどではなく、二塁打くらいだそうです。だから、決定的な治療薬になるわけではありませんが、ウイルス性の流行り病にかかった時の初期に飲むと、病気が重篤化しないという事があるとおもっわれます。多分それは、歴史的に人類が経験した事なのでしょう。
 
 

 「藍葉(らんよう)」という漢方薬もあります。読んで字のごとく、藍草の葉からとった漢方薬。これは痛み止めと云われています。

 私がまるで食あたりのような腹の痛みに襲われたとき、藍草の乾燥葉をお茶にしてガブガブと飲むと、そのお茶が通ったところから痛みが消えて行くのを体験しました。それも数度。

 仄聞するところによると、四国では、お遍路さんに「おもてなし」というのをするそうですが、讃岐ではうどんを御馳走し、阿波では藍草の乾燥葉を差し上げたそうな。道中腹の痛みが起こった時をおもんばかっての事なのでしょう。

 歯の痛みにも良いようです。ある会合で、家内の目の前の人が歯の痛みを訴えていたので、たまたま持っていた藍草の乾燥葉を差し上げ、その方がタダ噛んでいたら、痛みが消えたとおっしゃっていました。


 書けばまだまだあるでしょうが、藍草は薬草だった。だから藍染は「薬草染め」。では、藍染の効果や如何に?
 いつぞや「藍染が存在する理由・意味などについて」と書いたことがあります。藍染も、人間が使い続けてきたのには、それなりの意味や理由があった。それは「薬草染め」だったことにも由来するのでしょう。

2020年3月20日 (金)

藍草の発芽

 現在藍草は、苗を育ててから定植させます。地蒔きよりも安定して育ちますし、収穫も望めますし、良い藍草に育ちますから。

 そこで問題となるのは、発芽率です。種を蒔いても発芽しなければ定植も収穫も出来ません。

 発芽率をよくするのも、土作り。それだけではありません。色々やる。それこそ、農家の腕。
 もちろん、化学肥料だの農薬を使っては元も子もありませんから、そんなことをしないで色々やる。

 発芽率は、ほぼ100%が目標だし、そうならなければウソです。それだけなく、勢いの良い、しっかりとした苗づくりもできる。そう言う苗で作る藍草は、優れた良い藍草になる。良い藍草で作った蒅は、良い蒅になる。

 写真を見ていただきたい。

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 ある藍農家が作った今年の苗。勢いが良くて見るからにしっかりしているのが、色々やった苗。弱弱しいのが、やらなかった苗。

 これを無農薬で化学肥料も使わずに育てるわけですが、種をまけばいいってもんじゃない事は分かる。色々やるんです。

 この「色々やる」ことを、江戸時代の二宮尊徳は「人道」と云いました。だから、自然に任せた農法などは、人がやる限り存在しません。そういう農法があったとしても、ちょいと飢饉が来れば作物が出来ないだけの事です。その話は、またいつかしましょう。

2020年3月16日 (月)

良い蒅とは

 某地方の蒅(すくも)の質の低下を嘆く知らせが、全国から入ってきている。大ベテランの本建てをしている染め師からも、「色が出ないし、色が直ぐになくなる」と嘆きの報告があった。「藍サミット」なんてやっている場合では無い。根本を考えないと何とか藍はダメになるぞ!と、私は云いたいが、誰も声を出さない。それには理由がある。

  良い蒅とは何か?

 醗酵が良く、藍分(らんぶん・蒅に含まれる藍の量)が多く、色が青味に優れて良く、長持ちをする蒅が良い蒅。 

 良い蒅作りの最初の条件は、良質な藍草を作る事。その為には土作りが肝心。土作りは一朝一夕にできるものではない。育てる藍草の特性を知り、畑の土と親しく接しなければできないものだ。だから、藍農家という専門家が必要なのだ。それが昨今、激減している。
 
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我が家の藍畑
 
 藍草を育てるだけなら、難しいことはない。野菜を作っているある人に言わせると「容易」の範疇だそうだ。だから、誰でも育てられる。ネットを見ても、藍草を育てているという人は多い。
 
 
 しかし、良い蒅にするには、育てれば良いというものではない。ここが、藍農家が減り、藍草が手に入り難くなっている今、「蒅が出来れば良い」という考えの藍師には分からなくなっているようだ。だから、藍農家を大切にせず、やめられたらその辺りの専門ではない農家に依頼して藍草を作ってもらう事になる。 
 
 某地方では、高校生が藍草を栽培し、蒅作りをしている。そんな蒅は、プロの使用に耐えない。だから長い間、専門家たちが必死に良い蒅を作ろうとしてきた。
 
 先ずは、高校生にできる、専門の藍農家でなくてもできるという意識を捨てなければ、某地方の蒅の質は上がることはないだろう。そんな意識があるから、藍農家を大切にせず、専門家ではない農家に依頼して質の悪い藍草を作る事になるのだ。そんな藍草で、質の良い蒅など出来る訳もない。
 
 次に、蒅の作り方がある。それは、葉の乾燥のさせ方、茎と葉に分ける作業、藍こなし、水打ち、切り返し、寝かせ方などだ。それらの一つにも手を抜けば、良い蒅は出来ない。それは、結果に現れる。
 
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講習生たちの蒅作り見学
 
 結果を知るのは、藍師ではない。染め師、紺屋だ。つまり、我々だ。良い蒅かそうでない蒅かの判断は、我々染め師・紺屋がするもの。だから、上記したような嘆きの報告が私に入ることになる。では、何故その嘆きが藍師に届かないかと云えば、染め師や紺屋が、藍師に何も語らないからだ。何故語らないか。ここに、難しい問題がある。

 今、日本中で蒅作りが始まっている。少なくとも私に関係している藍師たちは、良い蒅を作ろとしている。
 土作りからの成果が、そのうち出てくることだろうが、某地方の方々、是非、基本に帰っていただきたい。そして、良い蒅を作っていただきたい。こころからそう思うが、手抜きを覚えると、元に帰れない事も私は知っている。
 
 ある農家は、「一度辞めたら農家は戻らないよ」と語った。問題は深いのだ。

2020年3月 8日 (日)

春の藍建て講習参加者募集

 講習会の第一回目から、ゴールデンウィークに開催することにしています。春はずっと続けたいと思います。
 参加ご希望の方、お考え下さい。(3月15日現在、キャンセル待ちとなっています)

期 間:令和2年5月2日(土)から5月9日(土)の8日間。
時 間:午前10時~午後5時まで
費 用:1人176,000円(税・材料費込み)
内 容:藍の本建てに関すること全て。染め液の維持管理方法。正藍染の染め方の基本。
人 数:6~7名(宿泊可能人数による)

参加資格:八日間、全てに出席できる方に限ります。 経験、性別、年齢は問いません。 講習生の中には、藍建てを全く知らない人から数十年の経験を持つ染め師もいます。どなたにも平等にお伝えしますが、心から本建てを学びたい人に限ります。

申込先:下記メールアドレスにお名前、住所、電話番号、性別を添えて「参加希望」と送信してください。 お込み先等の案内メールを送ります。入金確認後、参加確定とさせて頂き、当日の集合時刻、持ち物など、詳細の案内を改めてお知らせします。
    
     honzome@kon-yu.jp

宿 泊:民泊の用意もあります。
    ほとんどの皆さんが民泊を利用されています。合宿のようですが、好評です。    

食 事:ご自分で用意してください。コンビニと食堂はあります。 民泊の方々は、自炊して次の日のお昼も作っていらっしゃいます。

http://www.kon-yu.jp/course.html

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2020年2月29日 (土)

第二次冬の藍建て講習会

 令和2年2月22日から29日まで、冬の藍建て講習会が行われました。

 今回は、カナダからわざわざこの講習会の為にいらした方を含め、京都、滋賀、石川、富山、岩手から講習生が来工。冬と銘打っていましたが、期間中暖かく、5日で藍が建ち、足利の二期生齋藤さんが「上手く行き過ぎ」という位上手くいきました。

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灰汁の作り方を覚えています。
透き通った濁りの無い灰汁を取ります。
これによって、美しい青い藍染めが染まる。

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藍師の所で蒅作り見学と体験

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5日目で染め液から藍が出ています。
もちろん、蒅と灰汁だけです。

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嵩上げの終わった染め液。
藍の華はありません。
匂いもほとんどしなくなりました。

 第二次は、維持管理方法についても深く詳しくお伝えしていますので、覚えるのも大変でしょうが、これから実践する中で消化していただければと思います。

 皆さん、お疲れさまでした。

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